全力英語

きのうラダックの映像を見たせいか、なんとなくレーの町やケルサンのことを思い出しています。

亡命1世のケルサンは、ほとんど英語が話せない。昨日も明日も「トゥモロー」で、行くも来るも「カム」だった。最初はケルサンのやり方と私たちのやり方にズレがあり、その合間を埋める言葉というものがなかったから、それなりに軋轢もあった旅だった。それを解決したのは時だったのか、それとも絶対にわかってもらうと頑張った夫だったのか、ケルサンの理解しようとする努力だったのか、おそらくその全部? だったんだろう。
朝、ケルサンがソルティーと彼が呼ぶ塩茶を大鍋いっぱい沸かしていて、それと一緒に焼いてくれるチャパティーで朝ごはん。私たちが出発してしばらくすると、ケルサンが馬と共にゆっくりと追い抜いていく。昼ごはんはたいていインスタントのラーメン。そしてまたケルサンが追い抜いていく。日も落ちかけた頃、行く手にぽつんとテントが見えてくると、それが今日の宿営地で、ケルサンは既にソルティーを沸かし始めている。夕飯は野菜入りのトゥクパ(うどん)や、後はなんだったか・・・。特に手の込んだものを作るわけではなかったけれど、ケルサンは料理が上手だった。

旅が終わり、レーの町に帰った後で、ケルサンが宿に訪ねてきた。話をして、一緒に食堂でモモを食べて、ケルサンは帰っていった。
翌日もまた、ケルサンが宿に訪ねてきた。そして、私の顔を見るなり、挨拶も前置きも何もなく、ただ一言を懸命に言った。
「マイ ホーム カム」
1日目も、そう言いに来たに違いないのに、言い出せずに帰ってしまった。ケルサンは、そういう人だった。翌日は、多分子どもによくよく言われ、マイホームカム、この1文だけを教わって、ずっと口の中で繰り返しながら、バスに乗って来たに違いない。私たちはケルサンと一緒にバスに乗り、難民キャンプの一角にある彼の家に行き、家族に歓待されて泊めてもらい、翌朝ケルサンと一緒にトラックをヒッチして荷台に乗り、町に帰った。

ケルサンが生きてきた道筋を、ケルサン自身は私に語ることができなかった。もちろんチベット語なら語れただろうけれど、それは私がまったく理解しない。私は彼の道筋を、彼の長男のお嫁さんから英語で聞くことになった。英語が堪能な彼女という存在がなければ、私はケルサンを、ただ一緒に歩いた亡命チベット人としてしか理解しなかっただろう。だから共通語としての英語はほんとうに大切で、言葉がなければ伝わらないことがあるというのも、厳然たる事実だ。
でも。
こうも思う。
旅の間、さまざまな場所で見た彼の笑顔、真顔、寂しそうな顔、困った顔、照れた顔。馬を連れて、セーターを着て、毛糸の帽子を頭にぴょこっとのせて、かすかに左足を引きずりながら歩いていたケルサンの後姿が、どれほど雄弁だったか。
はっきりとした道もないあの旅で、私たちはしばしば道を間違え、途方に暮れた。そのたびに、遠くに特に焦った様子も見せないケルサンが、いつもの歩調で歩いてくるのが見えたときの安堵感。通れるかどうか不安になる危険な崖道で、先に行ったはずのケルサンが待っていてくれたときの頼もしさ。それは言葉などまったく必要ではない、言葉なんていらないよと確信を持って言えたいくつもの瞬間だった。

英語を話せるように勉強してみませんかと誘うテレビコマーシャルをよく見る。たしかに英語を話せたらいいなと思うことは私もしょっちゅうだし、特に、怒りを伝えなければならない場面で、語学は絶対に必要だと思う。
でももし、怒りを伝えなくてもいいのなら、「マイホームカム」、だけで十分じゃないのか。あれはケルサンが全力で伝えようとした英語であり、そして十分に伝わった。
伝える手段が大事なのではなく、伝えたいものがあるのかどうなのか、そっちのほうがはるかに大事だ。あのときのケルサンはたぶん、「俺を使ってくれてありがとうな、正直助かるよ、それから俺はお前たちが嫌いじゃないぜ」と思っていたと思うし、私たちは「ケルサンいい旅をありがとう、大好きだよ、ずっと元気でいてね」と思っていた。
いま20年も前のあの旅を思い返しても、心に浮かぶことは一つしかない。ケルサン、ありがとう。それだけだ。もし彼が今も生きているなら、遠い国で自分を思い出している人がいるということ、伝わってほしいと願う。

伝えたいものがあって、それを伝える手段は、言葉しかないんだろうかね。うーん・・・。

話はがらりと変わるけど、先日の名古屋公演で、「全力おばちゃん」という人のお便りが読まれてました。「東京全力少女」というドラマに「恩知らず」という歌が使われているってんで、まぁその絡みでのお便りでした。「だからといって次はあの曲じゃないからね~」という恒例のMCにもつながった。
「風の笛」という歌の前では、言葉などより楽器のほうがはるかに語ることもある、というようなことを話していたけれども、言葉なんて、でも言葉しか、ってところで、右往左往しているのが我々人間なのかな。

〆方が苦しかったの、伝わったでしょうか(笑)
ではまた

2件のコメント

  1. 高齢者の施設で仕事をしていると、言葉が全く役に立たない場面が多々あります。耳が遠い方や認知症や脳血管疾患、メンタルの病気で言葉を理解できない方もいらっしゃるためです。
    何をお話しているか全くわからない方でも、身振り手振りで必死に伝えようとする人もいるし、どうせわかってもらえないと殻にこもっている人もいます。
    細かいニュアンスを伝えることは難しいですが、感情は伝わります。そっと寄り添ったり、手や背中をさすったり、態度や行動で、利用者さんを大切に思っている気持ちやご苦労をねぎらいたいという気持ちを伝えようと努力している毎日ですが、
    外国人とのコミュニケーションに似ているかもしれませんね。

  2. 聾唖の人ならば伝達手段を何とか確保できるのだろうけれど、高齢者となるとそうはいかないですよね・・・。
    みゆきさんには「ボディ・トーク」という歌もあるし、もっと直截的な「あなたの言葉がわからない」という歌もあるな、と、昨夜思い出したところでした。

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