カラパタびっくり

カラパタールは正確には2つあるらしく、その時私が登ったのとは別の、さらに奥にある方が本峰らしい。というのは現地で聞いていた。一緒に行った友人はポーターのシェルパ族の少年と一緒にそちらに登っている。先に登った自分はそれを見ているので、もう一つの方にも登ればいいものを、すっかり満足してしまったので「もういいや~」と後にしてしまった。

で、そのカラパタールの本物は正確にはどこなんだ? と検索しようとしたら、

なんと、カラパタールという名前の馬が筆頭に出てきたのでござる

2歳未勝利、と書いてあった。それ以上詳しくは見てもわからないので見てないけど。
大きな競馬場で走るような馬なら、いつかテレビで見ることもあるかも。
応援するぞ^^
そしたらなんと、ダウラギリという馬もいる(いた、のかも)。カンチェンジュンガだって字数的にはギリ大丈夫? 呼びにくいけど(^^; マナスルとか、アコンカグアとか、山の名前ってかっこいいかもな。

(すんません書きかけです)

 

小田原のイワシ

スーパーに行くと小田原産のイワシが売られていて、2尾で100円ちょっと♡
試しに買ってみた。海の近くでも近場のものが売られているわけではなく、今日も長崎産や千葉産の中に混じってひっそりとしていた。流通は面白い。
早速晩御飯に焼いて食べたところ美味しかった。
軽井沢でも手に入るし、日本海沿岸に住んでいる知人は「魚は御代田のツルヤに限る」といつも言っていて、それが冗談なのか本気なのかわかんないんだけどそういうもんなのかな? でもまぁ気分の問題ですわね。

夕飯のおかずが1人イワシ1尾? と驚かれるとあれだけど、この数日は夫が軽井沢に戻っていて私が1人暮らし中♪ みゆきさんとか聴いちゃってる毎日♪ でもご飯時はまずい、食うのか歌うのかどっちかにしろと・笑

もちろん団地なので、小さな音でかけて、小声で歌っている。それで気が付いたんだけど、小声なら、意外と一緒に、オクターブ下げなくても歌える、かも。いや錯覚かも。

先日出かけた美容院で、テレビドラマの話からライブの話になり、何か行くんですかと訊かれたから「うん、中島みゆきさん」と答えた。
「ほんとですか、私、カラオケで歌いますよ」
「え、そうなん?」
「はい、中島みゆきさんって女性の中では声が低いじゃないですか(1グサ)、私、声が低いので中島さんの歌が音程合うんですよ(2グサ)」
「あのーそれって、中島さんの歌を原曲キーで歌えるって話だよね?」
「え? は、はい……(グサッ グサッ グサッ)」
「私は3つか4つか場合によっちゃ5つ下げないと歌えんのよ……」
____ 薪ストーブが燃え盛っているのに凍てつく室内……(^^;

っつう笑い話。
でもほんとに、ささやき声ならいけるかもなー、今度試してみようもちろん一人で! 気持ち悪いかもしれないから(^^;

というかそもそも、カラオケのキーってCD のみゆきさんの音と同じ高さなのかな、そこからしてわからないや。

今日の夕焼け@西湘エリア

今日も過去の旅。やっとカラパタール5545mに登った話です。

ゴラクシェプへ、カラパタールへ

2度目のカラパタール

この時は若く元気だったので、カラ・パタールという小さな山に2度登っている。到着した日に1度、1泊して翌早朝に再度。昼と朝ではずいぶん風景が違って見えて面白かった。天候に恵まれて幸運だった。
こうして振り返っていると、ヒマラヤいいな~、また行きたいな~と思う。身も心もすっかり年を取ったので、この最初の時のような新鮮な感動は得られないかもしれないけど。

ではまた

 

モバスイ引っ越し

モバイルsuicaを以前使っていて、スマホを替えたので引っ越しをしなければならなかったのだが、めんどくさいのと使う機会が皆無なので先延ばしにしていた。近々都内に行く用事ができたので、重い腰を上げて作業。
古い方の機種で設定して~、「アプリ更新しろ!」
おさいふケータイという別のアプリも「更新!」
と言われて一生懸命遅いwifiで更新。
新しい機種にもそれぞれアプリを入れて、引っ越し。
ここまではまぁ普通、時間がかかっただけ。
その後、チャージか~、コンビニ遠いしめんどくさいな、クレジットカードから出来るようにするか、と思ったのがややこしさへの入り口で、3Dセキュア対応カード以外ダメ、となっているのだが、それって何? の世界で。検索するとやたら楽天が出てくるけど楽天は嫌いなのでできればヤフーで、と色々調べた結果、自分のカードにはもうそれが設定されていたというオチだった。
無事にその設定もして、wifi が遅いので不安だったけどチャージも試しにしてみて、何とか成功。よかった。

あとはスマホを落としたりせずに改札でタッチしなければ。ちょっと不安。

過去の旅。
一昨日既にアップしていたのだけど、その後、過去に書いたものの文字化けを直すことができ、一部復旧できたのでそっくり書き直してます。自分の記憶違いも色々あって、そのへんも修正しました。

ペリチェからトゥクラ

トゥクラからロブチェ

 

 『類』 朝井まかて

柴田錬三郎賞受賞作。文豪森鴎外の末子、森類という人物の生涯が描かれている。森鴎外には娘に茉莉さん、杏奴さん(ここにもアンヌさん!)、と二人の著述家がいたことは記憶にあったけれど、類さんという末っ子の男の子がいたことは知らなかった。
超格差社会であった時代、森家は裕福そのものの暮らしをしている。女中がいる生活。子どもたちは自由奔放に育つ。鴎外も子煩悩。海外留学も楽しむ。鴎外の遺産があれば一生生活には困らないはずだったのが、戦争、敗戦によって、生活する術を持たない、そもそも「働くから生活が成り立つ」ということを理解しない子どもたちが社会に放り出され……。
☆ こういう階層が存在したのだなぁとつくづく思った

今も富豪はいるけれど、この時代のような格式のある富豪、っているかなぁ。
つくづく生活力がなく、奥さんが駆けずり回り着物を質に入れて必死に作ったお金を、自分一人が平気で喫茶店でアイスクリームなんぞ食って使ってしまうバカボン。究極のバカボンでどうしようもないんだけど、どこか憎めない。家族から切り捨てられて当然と思うような男なのに見捨てられないのは、やはり魅力があったからなのだろうなぁ。
おもしろかった。

wikiで確認したがもちろん類氏は実在。そして森家の系譜に星新一が連なっているのを見てちょっと驚いた。

ではまた

1000から0へ

また軽井沢に戻り、海近に帰ってきた。
軽井沢では梅さんチェック(^^; まぁまぁ元気そうに暮らしている。餌が食べ放題のせいか太っている。到着した時にたまたま家に来ていて、以後くっついて離れない。人間がいれば安心する(守ってもらえる)のだろうなと思う。梅はもともと野良なので、警戒心はとても強い。未だに家の外で梅に会うと、全力で警戒され、ものすごく迂回されるので傷つく・笑 家の外で梅に触ったことがない。絶対に触らせないし近寄らせない。家の中では膝の上に乗ってきたりするのに不思議なことよ。

あと美容院にも行ってきた。サッパリした(ちょっとしすぎた)。

過去の旅。
エベレスト街道のタンボチェからペリチェ

ペリチェからロブチェ

昔のことで記憶もだいぶ怪しい。勘違いしていることもあった。また当時の写真には撮った日などのデータが残らない(写真に焼き込んでいれば別だけど)ので、「はてこれはどこかいな???」ということが続出している。
遭難一歩手前のようなことになったり、危険な状態で降ろされて行く人を見たり、色々なことがあった旅だった。
この時一緒に行った友人とは今は年賀状だけの付き合いになっているが、こちらにいる間に一度会えればと思っている。

 

 『カザアナ』 森絵都

このところ何冊か読んでいて、これも期待したのだが、ちょっと外れた。
平安の昔に存在したという森羅万象と会話ができる異なる者たち、その末裔が近未来の日本に蘇ってとある家族(シンママと子ども2人)と活躍する、というような話。近未来の日本はディストピアだ。
最初の方は面白く読んだのだが、だんだん「?」が増えてゆき、最後まで読んでも「うーん……、あんま面白くなかった」という感想になってしまった。日本の未来がディストピアになる可能性はあるし、それについて憂えることも多いのだろうと思うが、政治に寄りすぎたり、詰め込み過ぎたり、暴走しすぎだったり、ちょっとかなり残念だった。特にラストが酷すぎた。
☆2.5 素材はよかったのに料理の仕方がイマイチならぬイマサン……

ではまた

 

強風

午前中から風が強く、閉じたドアが開いてしまうくらい(なんせ古い団地なので)だった。2枚の引き戸を通り越してその先のドアを押し開けるのだから、相当な風。ビル風のようになっているのだと思う。
晴れてはいるが雲も多い。日本海側では雪が降っているのだろう。そのことは別に驚くようなことではないんだけどねー。ずーっと前から、雪が降る場所には雪が降るのだから。
ネットしか見ていないが、何でもかんでも騒ぎすぎだと思う。
越後湯沢の辺りなんて、雪降ってなんぼ。降らなきゃ困る、地域経済はスキー場にも相当拠っているから。1mや2mの積雪は当たり前。最近は減ってきているのかもしれないけれど。

軽井沢も雪になっているようだ。こちらは凍るからなー(^^;

過去の旅。
エベレスト街道 ナムチェからタンボチェへ

クンデ? が聳えるナムチェ

コロナ禍で、ヒマラヤトレッキングもどんな状況になっているのだろう。エベレスト街道にはピーク時には30本もの飛行機が飛びトレッカーを運んでいた。30本というと400~500人くらいではないかと思う。それだけの人数が連日ルクラをスタートし、歩き、お茶を飲み、泊まり、食事をし、お土産を買い、莫大な現金をその地に落としていたわけだ。それが殆ど出来なくなったのだとしたら……。
特にこのエリアは2015年の地震で大きな被害を受けた村もある。
早くコロナが収束し、以前のように賑わうようになってほしいと願う。

 

 『荒城に白百合ありて』 須賀しのぶ

幕末の動乱期、会津女と薩摩隼人が出会って……。という話(簡単すぎる)。
尊王攘夷だ勤王だというのは言葉では知っているが、読んでいるとこれはどっちだっけ、天皇だっけ幕府だっけ、とわからなくなってしまう。寝返ったり裏切ったり裏で手を組んだり。どの藩もうまく立ち回ろうとするのに、会津だけは時代遅れの「会津の人間はこうであるべし」という教条に縛られて滅んでゆく。滅びの美学というものは理解するが、ちょっと会津は……(自重する)
幕末の動乱の中で無慈悲理不尽に死んでゆく者たちを描いた小説としては、朝井まかての『恋歌』がはるかに胸に迫った。こちらは水戸藩だけど。余談だけどこれ読んで以来、福井や石川の衆が恐ろしく感じられてならない。
☆3.5 この表紙はだいぶいただけないと思うが如何

この話、すとんと落ちなかったのは、主人公たる会津女と薩摩隼人が二人そろってある種特別な人間だ、ということになっていたからだと思う。心はあるが情はない、簡単に言うとそういう人間で常に冷ややかに世の中を見ている。情がないからどんな場面でも自分に与えられた役割を演じることができる。生きることにも死ぬことにも意味を見出せない。この世でたった二人だけが! この世に二人だけが! そういう人間の形をしたバケモノなのだと、だから二人は惹かれ合うのだと、いうことになっているんだけど。
そーなの???
あんたたちだけがバケモノで他はみんな普通の人?
と、ここんところ(そしてこれがこの小説の肝であるはず)に引っかかってしまったので、何だか腑に落ちないまま終わってしまった。

ではここで中島みゆきさん、歌は「この世に二人だけ♪」

 

バカ言ってないでではまた

よく晴れた

今日は朝から快晴。さっそく洗濯して干した。この季節に外に干せるなんて感激する。軽井沢は凍るし乾かないので室内干しがメインだから。
12月に水仙が咲き誇っていて驚いた。今も咲いている。12月のは極早咲きの品種なのだと思う。それにしても子どもの頃、東京で、1月に水仙は咲いていなかったような……? 品種によっては咲いていたのかなぁ。

ミャンマーのチン州で、軍による住民の虐殺が続いているとの報道。
前にも書いたけれどチン州は2020年1月にごく近くを通過した時、入ろうかどうしようかかなり迷った場所。その時は結局、疲れと寒さへの不安から「またの機会に」としてしまった。
報道のあったマトゥピは、まさに行こうとした場所。カレーミョからハカに入り、マトゥピまで南下してニャウンウーへ抜けられないかなと考えていた。
その当時も小さな戦闘はあったのかもしれない(詳細は不明)が、少なくとも立ち入りが制限されているわけではなかったと思う(これも不明)。
今自分が20代ならば「いつか必ず」と思えるだろうけど、そろそろ先が怪しくなりつつある今、惜しかった、と思うばかりだ。

過去旅。
1990年・エベレスト街道の1

 

 『私の命はあなたの命より軽い』 近藤史恵

先日読んだものが面白かったのでまた借りてみた。里帰り出産をしようと実家に戻った長女を待ち受けていたのは、以前とは別人のように変わってしまった家族の姿だった……。という話。それはいったいなぜなのか、という謎解きなので、ミステリーってことになるのかな。びっくりするほどさっさと読めるし、設定に無理がある部分もあるが、総じておもしろかった。
☆3.5 イヤミス、という言葉を初めて知った!

イヤミス、アマゾンのレビューなんかでたまに見かけていて、どういう意味なのかわからなかったけど、調べてみてわかった。読後感が嫌~な感じのミステリー、なんだそうだ。わかってしまえばなんのこたぁないね。

朝から雨

今日は一日雨。しっかり降る時間帯もあった。雪ではないから何も困らなくていい。

1990年の3度目のネパールを振り返り始めた。
この頃は本当にネパールが好きで、山の方に住んでしまう方法がないものかと考えたりしていた。日本の人が開いたロッジがたしかエベレスト街道の割と下の方(でもルクラよりは上)にあったはずだ。理想だ、と思っていた。

まだ山には入ってないけど1990ネパールの①

旅の写真を見ていると、またネパールにも行ってみてもいいかなと思ったりする。でもメインのトレッキングルートにはもう入りたくない。人の行かないエリアであれば、元気ならば行ってみたい。腰が~、股関節が~とか言ってるなら無理だと思う(^^; もうちょっと状態がよくならないかな。
そしてコロナですな!

 

 『夜のジンファンデル』 篠田節子

かなり前、2000年をはさむ数年に書かれた短編集だった。少しホラーっぽいものもある。どれも面白かった。
中でも「恨み祓い師」がぞわぞわした。何十年経っても老婆のままで死なない母娘の話、周囲は妖怪じゃないかと疑い始め……。この老婆は自分の人生がいかに不遇で不幸であったかをひたすら話し続け、その恨みのパワーで生き続けているのだった。自分の母親が正にこういう感じなのでほんとにぞわぞわとした。団地を舞台にした「コミュニティ」も面白かった、今団地に住んでるし。
☆4 安定の篠田さん、今回もおもしろうございました

小説の中の婆さんは本当に不幸な一生を送ったらしいから、それを自分の娘に話してしまうのはまぁわかると言えばわかる。私の母親は本人は世界一不幸だと思っているのだけど、客観的に見るとそんなことないわけで。まぁもちろん、そういう理性の部分がすぽっと抜け落ちてしまってのことなんだとは思うけれども。
ただこんな風にして「自分の話を否定せずに聞いてくれる娘」を育てよう、囲い込もうとする「母親」は結構いるようだ。その対象が息子になることはあまりないのではないかと思う。親子とはいえ異性だから、息子にはいい顔を見せておきたいのかもしれない。
篠田節子には「長女たち」という小説もある。存外苦労されたのかもしれないなと思ったり(もちろん想像)。

明日は天気が回復しそう。洗濯しなきゃ。ではまた

子猫に会いに

7月に生後3か月でもらわれて行った子猫たちに会いに行ってきた。
わが家では、毛の色そのままに、茶ーちゃん、焦げちゃん、と呼んでいた2匹。焦げちゃんがいちばん大きく生まれ、茶ーちゃんはその次に大きく生まれた。どちらの子も元気いっぱいに育っていてうれしかったー。

 3か月頃の2匹

話に夢中になり、現在のお姿を撮るのを忘れたでござる。

今この写真を見ると、本当にまだ子供子供しているなと思う。今はほぼ大人の猫になり、たぶん母猫よりも大きいのではないかと。特に焦げちゃんは骨格もがっしりしっかり大きかったんだなと思う。父親の血を多く受け継いだのかな。
私たちに会っても恐らくはまったく覚えていない。母猫に会ったらどうなんだろう? わかるものなのかな?

 『船を編む』 三浦しをん
ずいぶん話題になった小説で、たしか映画かテレビドラマになったはず。見ていないけど。
辞書を編纂する話、というのは知っていた。長い時間、不思議なことに縁がなかった。ようやく読んだ。
☆4.5 いいです。辞書を開いてみたくなった

もう手元には日中辞典とか英和辞典とかしか残っていない気がする。大抵のことはネットで事足りてしまうけれども、それは味気ないことだなとあらためて思った。とはいえ「大言海」とか、読むかと言うとまだ先のことのように思う。

 『私が愛したトマト』 高樹のぶ子
短篇が複数入っているけど、私とは相性が悪いのか、さっぱりよさがわからず、読む気にもならずにすっ飛ばしたものもあり。いまいち。
☆2 文字が目に入って来ない感じだった

この作家も殆ど読んだことがない。芥川を取ったものだけは読んだと思うし、好印象を持ったような記憶があるのだけど。ちょっと残念だった。当分、「また」はないかな。

ではまた

 

ツキノワグマ冬眠しました

昨日、軽井沢町の広報メールでタイトル通り、町が追いかけているクマの個体が冬眠したとのお知らせがあった。
クマの冬眠がお知らせされる! 何とも微笑ましい。

5日に軽井沢に戻り、今回は1泊だけで昨日こちらに。
西回りルートで戻って来たのだが、甲府から先は雪になっており、特に御殿場から入ったR246が大渋滞で参った。ノーマルタイヤで出るなとあれほど言われているのになぜ出るのかな~。というか南関東に住んでいる人は、スタッドレスに交換したりしないのだから、基本はみんなノーマルなんだろうな考えてみれば。

渋滞のせいで着いたらもう真っ暗だった。今朝になって見たら、家々の屋根が真っ白。道路はもう完全に解けている感じだった。

いただいていた年賀状を回収。
今年も私のなまけ病により年賀状はお出ししておらず、申し訳ありません&早々のご挨拶をありがとうございます。

年賀状って両者が同時に書いてるから、こっちが「娘さんは高校何年生だっけ?」なんてうっかり書いてて、向こうから「娘は○○大学に通ってます」なんて来ると「あちゃーしまった」と思ったりすることがある。先にもらうと、それに対しての返事も書けるし、なんかこのタイムラグっていいなと思ったりするんだけど。まぁこっちが後出しじゃんけんなんだけどね(^^;

昨日、通り道にあったラーメン屋に入ると、話好きのおばさんが「どこからですか、寒いですね、雪はどうですか」と立て続けに。野辺山は雪がなかったと話すと「箱根はもう積もってるって」と。それはいいのだが、注文した後も、料理が来てからも、ちょこちょこ話しかけてくる。
何でも以前は横浜とかそっちにいたらしく、今の場所(山梨県)が寒くて不便でと。こちらが今から神奈川に、と話したのでスイッチが入っちゃったらしい。挙句、
「うちは国民年金だから、贅沢できないし……、月6万でしょ……」
と、お宅は違うんだろういいですね羨ましい、って感じなんだけど、その話、今ここでする? ウチだって国民年金だよ、しかもまだ片方は支払ってる立場なんっすよ。いやそもそも客がご飯食べてんのよ?

という面白い(しかしもちろん二度と行かない)店だった。
私がトイレに行っている間に夫には、亭主の女遊びが酷くて苦労したと愚痴ったそうだ。もう、商売投げちゃってるのかもしれないけど、知り合いならともかく初めて来た客にこういうのはないわー。

と、愚痴ったところで過去旅しごと。
1989中国の旅のラストです

ようやくこの旅の時の日記を探し当てて持ってきたので、宿の値段とかを補足したりした。それにしても日記を読み返すと、きれいさっぱり忘れていることの多いこと多いこと。やはり記録は付けておくべきだなと思った。ただ、一人旅だと時間を持て余すので日記を書くのだが、二人旅になると時間が紛れ、疎かにしてしまう。これは今もそう。過去のことはどうしようもないが、今後は記録を残すように努力したい。

 『漁師の愛人』 森絵都

短篇が3つ、中編が2つ、の作品集。短篇3つはそれぞれがプリンを題材にしたもので、一人称ではなく二人称で書かれているのが面白い。特に「ア・ラ・モード」がおかしくて笑ってしまった。中編2つは恋愛小説、どちらにも震災が絡み、どちらも薄明るい希望が見えたところで終わる。
☆4 読みやすく、巧みな文章だと思う

ではまた

よく晴れる

新年を迎えてからずっと晴れが続いている。気温は低くなっているが、晴れれば団地の部屋は暖かい。日中は暖房なしでいける。まぁこれは軽井沢でも、晴れさえすれば暖房なし、ということもできなくはない(でも圧倒的に気温が低いので……)

高台にある団地なので、富士山の頭もちょこっと見える。尤もこれは海とは反対側の窓で、しかも身を乗り出してやっと見える程度だけど。
私は丹沢の向こうに富士山が見える場所で生まれ育った。小学校も中学校も校歌には当たり前のように富士山があった。ここは距離が近くて丹沢とは別の山の向こうに富士山があるように思う。丹沢は北側にあり、富士は西だ。
浅間山もきれいだし、高原の夏は過ごしやすい。冬はちょっとな~・笑 23年ほどは頑張ったのでそろそろ脱出してもいいかと思った(^^;

もちろん、できればタイに行って「暑い暑い」と騒ぎながらビールとか飲んで暮らしたいですが。それは少なくともこの冬は無理ということで。

過去旅しごと。
重慶~長江下り 1989.10-12中国の10

 

 『ナニカアル』 桐野夏生

林芙美子の評伝、かと思ったがどうなんだろうフィクションなのかな。
戦時中、多くの作家が徴用されて戦地に向かい、戦意高揚のための作文をさせられた、そんなころの話。林芙美子はマレー半島やジャワ島に派遣されたそうだ。夫がある身で大不倫をしており、それが軍部にばれていて他の女性作家よりも明らかに待遇が悪い。正体不明のお付きの兵隊や憲兵などなど色々出てくるが、林芙美子は無事に帰国し夫にばれないようにこっそり出産、その子を「貰い子」として育てるのだが……、というような話。
どこまでが史実なのかよくわからなくなった。不思議な感じだ。
☆4 買ったきり置いてある『放浪記』を読まなきゃなー

 『落陽』 朝井まかて

明治天皇が没した後、お墓は京都に作るとして、東京にも何か作らねば! ということで明治神宮が作られたんだよ、という話だった。
そうかそうか、そこまでは天皇は京都にいたんだよなとか、皇居ってよく考えてみたら江戸城だったのね、とか、明治神宮の辺りはただただ広大無辺な荒地だったのかとか、そういうことの勉強にはなった。
しかし惜しい惜しい惜しい。帯と中身が全然一致しない。「いざ造らん、永遠につづく森を」と謳うならば、森を作る話に集中すればよかったのに。三流新聞記者を狂言回しに使った理由がまるでわからない。資料が足りないのか、天皇を書くことに臆したのか、だから天皇、世相、森を細切れに切り貼りしてしまったのかな。「細切れ切り貼り」をもっともらしくするために、「ずっとそれだけを追いかけているわけではない」新聞記者の目から見た、ということにしたのか。説明ばかりでさっぱり何が書きたかったのかがわからなかった。伝わらなかった。
☆2 書き出しがよかっただけに残念さが増す

明治神宮って、神社で結婚式場、というイメージしかなくて、それが明治大正の頃は荒地で水も殆どなく、木が育たない場所だったとは。そして全国からの献上苗を植えて壮大な森を作ろうとしたのだという。その時作られた森は、今ある森と同じなんだろうか。戦災に遭ったのではないかと思うが。

ではまた