11.6℃

今朝の軽井沢、最低気温。
11.6度ですよ。なんじゃこりゃ。涼しいを通り越して寒いじゃないですか。

きのう書き忘れましたが、ダイコンと葉物を少し蒔きました。白菜はプラグトレイで順調に育っています。でもいつも定植が遅れるので、今年はできれば気をつけたいです。9月の頭まで、場所が空き次第順次ダイコンや葉物は蒔いていかないと、あっという間に「何も蒔けない時期」が来てしまいます。今年はたまねぎもやってみようと思ってます。ようやく盛りになった夏野菜も、そんなわけで、だんだんと片付けていかねばなりません。毎年のことながら、寒冷地の家庭菜園は難しいなぁと思います。

午前中、店の整理やら何やら。午後は縫製、ブラウス1枚作りました。
そうそう、11時に小麦粉をこねて、今日もパン焼き。今日の酵母は、わが家のスモモから作った元種です。前回使ったあと、そのままで冷蔵庫に入れておいたものを、昨夜一度粉入れをして、今朝もう一度粉入れ、発酵させて、すこし膨らんだところで使いました。一次発酵4時間、二次発酵1時間半くらいだったかな。今日も上手に焼けました。今まで元種作りが面倒で、ストレート法に走っていましたが、これからは元種でいくことにします。

すこし前にずっと買おうかどうしようか迷っていたDVDを買いました。ご想像のとおり(たぶん)、中島みゆきさんの夜会とコンサートツアーのやつです。大事に一回ずつ見ました。見たんだけど、毎回この原盤から見るのは何だか怖くてですね。だって傷つけたりしたらダメだろうし、うっかり割りでもしたらン千円がパー! ぜひともコピーを作って、普段はそれを見たいなぁと思い、いろいろ調べてまずは1枚のDVDをパソコン本体にコピーしました。それ以上は容量が足りなくて。で、DVD-Rを買ってきて、さてコピーを作ろうかと思ったら。思ったら。なんと、私のパソコンには、DVDを書き込めるドライブは付いていないのでしたよ。
とほほ。
書き込めるやつを買ってきて、中にはめこまないといけません。めんどくさ・・・。機械本体は数千円らしいのですが、パソコンを開けて中にはめるってことがね・・・。できるかなぁ。外付けはまためんどくさいでしょ、電源も要るし。もう机周りやたらとコンセントの必要なものだらけだから、これ以上増やしたくないんですよね。

昨夜、ネットを徘徊していて目に止まった話題。もうご存知の方も多いかもしれません。吉本ばななさんのエッセイ「ある居酒屋での不快なできごと」についての話です。このエッセイの主要部分はこちらにあります。
とてもおもしろかったので、興味がある方は一読してみてください。ばななさんの居酒屋での振舞いや後の執筆行為について、わたくしも一言二言ないこともないのですが、誰もが思うようなことなので書くのはやめておきます。

吉本ばななさん、調べてみたら私と同学年。年齢が近いとは思っていましたが、同学年だったとは。
あの、吉本隆明の娘。
これをヨシモトタカアキと読んではいけません。ヨシモトリュウメイです。なぜって決まりなんです、それは(笑)。
吉本隆明といえば、戦後を代表するラディカルな思想家の1人、でしょう。私は「共同幻想論」と、花田清輝との論争をまとめたもの、くらいしか読まなかったし、内容はきれいさっぱり忘れてしまいましたが。今もご健在で執筆も講演もしていらっしゃるらしいです。
その娘であるばななさんが世に出たのは1987年、「キッチン」という小説が海燕新人賞をとって、です。87年か。一年浪人して大学に入った私は、まだ卒業していなかった。働きながら大学に通い、卒論を書きながら、前年から貯めに貯めた有給休暇を使って教育実習を母校でさせてもらった年。そのときに担当してくれた教諭たちと後日飲みに行く機会があったのだけど、その頃売出し中だった俵万知と吉本ばななを全員で目茶目茶にこきおろして怪気炎を上げていたっけな。俵万知は甘ちゃんのどうしようもない短歌うたいだったし、吉本ばななは親の七光りで世に出た世間知らずのお嬢、だった、文学を志した年上の女性たちからすれば。
ただし、俵さんはともかく、ばななさんのほうは、文才はある人だと思う。私は「キッチン」しか読んでいないし、若かったから反発心が強くてやっぱり批判しまくった覚えがあるけれど、でも、こういう小説を時代が求めているということだけは、肯定するしかなかった。その頃の若い女性たちに支持されたのは、そういうことなんだろうと思う。そしてその後も書き続けている、それは大物の娘だから、だけで可能であるほど読者は甘くないはずだ。

その、ばななさんが、である。
もったいないというか、いたいというか。
この際ばななさんはどうでもいいのだが、あの、思想界の巨人・吉本隆明は、この話題を目にしたとしたらどのように考え、そして語るのだろう。聞いてみたい。

軽井沢は明日も晴れ。ではまた