染め作業など

朝は必ず工房に行って藍さんをかき混ぜてPHと温度を測り、一緒にすくもも天地返ししてダマをできるだけほぐし温度をチェックする。今朝のすくもは38℃、一度完全に室温まで下がったがその後再度盛り返し、30℃以上になることもある。このまま長めに発酵させたいと思う。
藍さんはPH10.4といい感じ。もうほんの少し上げてもいいかとは思うが、染まっているし機嫌悪い感じもないのでこれでいいのかな。

夫に「すくも押さえ」を作ってもらった。かき混ぜてから数時間置いて染めるようにしても、どうしても染液の中にあるすくもがくっついてしまいうまくない。ザルを入れることが多いようだがちょうどいいサイズがないので、夫に木枠を作ってもらい、そこに要らないレースのカーテンを挟み込み、沈めてみることに。
午後それを使って染めてみた。少しはつくが大量につくことがなくなり、大変いい感じ。この調子で行きたい。

本日は6点

4点が今日1回目、2点が3回目。奥の方にあるのが重ねているもの。


1染ではまだまだ「青」。2回3回染めてようやく紺に近くなっていく。藍染は染められるようになるまでの手間が尋常ではなくかかり、いざ染め始めても1度でいい感じには染まらないから難しい。だからこそ楽しいというか奥が深いというか。

ブドウ糖と炭酸ナトリウムを50gずつ与えて混ぜて本日終了。
ブドウ糖は藍の餌。

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ずっと気になっていた長靴をようやく発注。
足首の前の部分がぱっくり割れていて、新しいのを買わないとと、履く時には毎回思う。しかし脱ぐ時にはすっかり忘れているので、発注作業までたどり着かないということがずっと続いていた。今日ようやく。夫の分も。
それから猫のノミダニの薬も発注。いつも買っていた薬が5000円ほどに値上がりしていてびっくりしたが、ジェネリックが見つかったのでそちらを購入。

ネットニュースを見ていると、富士山弾丸登山をやめろ、という記事が最近目に付く。弾丸登山、と言うのかあれは。
私は一度だけ富士山に登ったことがある。たぶん22歳の夏。職場の人と3人で登った。その頃私は予備校の夜間部に勤めており、その仕事が終わるのが夜9時。それから列車だったと思うのだが富士吉田(たぶん)に向かい、5合目までたぶんバスで行き、そのまま登り始めた。ご来光に間に合うかな~とか能天気なことを言いながら登り、8合目くらいで日の出だったと思う。そのまま登り切ってすぐに須走ルートで下山し、小田急線で帰った。
登り始めたのがどんなに早くても深夜0時とかだったのではないか。下山したのは翌日というか当日の午後だったと。いや昼頃とかかな。山小屋にはもちろん寄ってもいない。食べ物も持参したのだろうと思う。
あれは弾丸登山であまりよくない登り方なのかと今頃知ったわけだが、当時は山岳雑誌などにもその登り方が書いてあったと思うし(勘違いかもしれないが)、たくさんの人が一緒に登っていた。そんな深夜にバスがあったことからも、それがノーマルな登り方だったということではないのだろうか。もちろん今の方が登山者数は格段に多いと思うけれども。

もしかしてその日は休みをとって昼間から登ったのかともちょっと思ったが、その頃はまだ隔週週休2日の時代だったし、連休を取ることは非常に難しい職場だった。そこで3人が一斉に休みを取って山に行くということは多分なかった(1人は日勤の人だったから特に)と思うから、やはり深夜に登り始めたのは間違いないと思う。

県内の山でも遭難が相次いでいる。その度にネットで玄人も素人も姦しい。
高齢の登山者が滑落して亡くなるケースは確かに多い。そんな年で行くなと言うのは簡単だが、当人には当人の思いもあれば覚悟もあるだろうと想像する。私なんぞは「その年でよくまぁ燕に!」とかびっくりしつつ「その気概やよし!」と思っちゃうけど。何にしてもあらゆるところで不寛容な時代になったなと思う。

夜から雨の予報。ではまた