砂漠の舟 篠田節子

実は私は、砂漠の舟を見たことがある。ラクダのことではない。本物の客船が砂漠の上を音もなく走り、地平線のかなたに消えていくのを見た。その砂漠はカシュガルのエイティガール寺院横にあるバザールのはずれから唐突に始まり、どこ果てるともなく広がっていた。私はその舟に乗ることができなかった。なぜか自分は乗ることを許されないと知っていた私は、ただ黙ってその舟が遠ざかっていくのを見ていただけだった。
その夢を見たのは、敦煌。町でいちばん安い招待所の、1ベッド4元のドミトリーに泊まった夜だった。私は敦煌の前にトルファン、カシュガル、ウルムチといった西域を旅してきており、砂漠の風景や出会った旅人やウイグル人の青い目などが記憶に焼きついて離れず、あんな夢を見たのだろうと思う。朝、目が覚めると、自分の体にも寝具にも砂がうっすらと積もっている、旅だった。
私はいつか、この砂漠の舟をモチーフに何か書いてみたいと思ってきたが、残念ながら才能不足でなにひとつ形にできない。
だから書店で最初にこの本を見たとき、「やられた!」と、不遜にもつぶやいてしまったのだ。いやいや、笑止千万。
で、肝心の小説はというと、おもしろかったです。篠田節子さんほど当たり外れのない、書けばまず安打にはするという書き手は、少ないかもしれないなぁと思うほどに。ほんのちょっと物足りなさを感じるのは、贅沢というものでしょう。
一時期この方はネパールやヒマラヤに題材を求め、いくつか長編小説を書いていたのですが(『ゴサインタン』『弥勒』など)、ほんとうによく書けているのにどこか希薄な印象がありました。
今日読んだこの砂漠の舟にも、最後に東南アジアの某国が登場してきます。具体的にではなく、そこへ行けばもう一度やり直せるのではないか、という希望の土地として。
強いて言うならば、こういった日本以外のアジアのどこかに救いを求める安易さには、「うーん?」と思わせられますが、これはきっと作者の思い入れが強い故なんでしょう。
でも、そういうことを差し引いても、じゅうぶんおもしろい小説でした。
★★★★☆ 星4つです
何よりもその読みやすさに。