先日見つかった東アジア反日武装戦線の元メンバー氏は、病院で亡くなったとのニュース。そんなギリギリまで一度も病院にかからなかったのだろうか。それにしても、最後の最後に本名を告げて逝くなんて都合がよすぎると私も思う。
反日か。ネーミングがすごい。
たまたま順番で聴いているからなのだが、昨日「誰のせいでもない雨が」という歌を聴いた。学生運動の挫折(歌の主人公は仲間・組織を裏切った経験をしている、裏切ったことによって結果的に組織が瓦解したように思える、あるいは既に瓦解しつつあるものの流れの中で裏切り行為があった、だろうか)を描いた歌。描くって変? まぁいいか。
私は65年生まれだから、あさま山荘事件を何となく知っている、三菱重工爆破事件なども多分記憶している。ただそれが本当の記憶なのか、後から振り返りの映像などを見た記憶なのかははっきりしない。年齢的にはリアルタイムで認識していてもおかしくはないけれど、社会で起きていることはまだまだ遠い年齢だった。
思想もへったくれもない80年代に思春期~大学生活を送ったので、60~70年代の安保闘争や大学紛争は本で知った程度、実感としてはまるでわからない。たまたま好きな作家が学生運動の精神的支柱のような形で祭り上げられてしまった人だったから、同世代の中ではこの時代に詳しい方だとは思うが、それでも感覚的にはわかるとはとても言えない……。その時代に生きた人じゃないと、多分何もわからない。
たまたま、だったんじゃないかな、とは思う。
たまたまその時代だったから。たまたま何かのきっかけでぶつかっちゃったから。
案外そんなような人たちがデモってたような気がする。そんな強固な思想があったわけではなく。ある意味巻き込まれた、ふらふら巻き込まれに行った、的な。調子に乗るというか。
若いって、青いって、そういうことだと。昔読んだ『二十歳の原点』(3部作ある・高野悦子著・同姓同名の人が岩波ホールの支配人だった)なんて、痛々しくてもう読めないと思う。あぁそうか、いま調べたら高野悦子は立命館だったのか。第一志望で落ちた大学だけど、ここに行ってたら案外私もころっと何かに巻き込まれていたかもしれん(立命館が危険なわけではないもちろん)。
革命だの理想だの思想だの、ほんとはわけがわからなかったにせよそういうものがあった時代が幸せだったのか。なーんもなかった私らの時代はどうだったんだろう、何もない何もないと飢えてはいたが、それはそれで「そんな時代」だったんだと、飲み込むしかない、のだろうね。いや違うな、飲み込んでいけばよい、か。
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この数日は新しいパターン(懲りない)を作ったり、試作してみたりしている。試作はまだ1つめだけど。パターンを作るのはけっこう好きだなと最近自覚した。よく失敗もするけど。矛盾なくすっきりしたパターンが理想だけど、そこはなかなか難しい(^^; 春は割とそんな感じで「新しいもの」に気持ちが向く。初夏辺りになるとオーソドックスというか、定番ものを選ぶことが増える。ちょっと面白い。
いやいやまだ春じゃなかったけど。
猫の春は確実に来ている。
昨日だったか、朝でっかいキツネが畑を横切っていた(猫とは関係ない)。
少しずつ太陽の軌道が高くなっていくのを実感する今日この頃。もうじき2月。
ではまた