チェンマイから

お寒うございます。
チェンマイに来ています。
10ヶ月ぶりのチェンマイ、どこも建築ラッシュですが、それも去年もそうだったと言われればそうだったかも・・・。
今回は旅も多くするつもりで、ゲストハウスを転々とする予定で来たのですが、いい宿がなかなか見つからず、どこも一長一短で、うーんどうしようかと歩いていたらアパート発見、見てみたらそこそこなので結局、アパート借りちゃいました。
チェンマイ、実は激寒で、日当たりの悪いゲストハウスの部屋では寒くて眠れないー。友人の村に泊まった朝は、吐く息が白くてびっくりしました。
今年が特別寒いのか・・・?
友人たちも元気でよかったです。
まだ完全にはモードが切り替わっていないので、何をしていてもいまひとつキレがありませんけど、だんだん慣れていくでしょう。
寒に入り、日本も寒さ本番ですね。皆さま風邪など召されませぬよう、お気をつけて。
ではまたです

霧氷、寒くなってきました

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何日か前の霧氷。
たぶん1月5日・・・。新年早々心折れて一人で散歩に行った朝のことでした(笑)。
松の木にびっしり氷がついていて、すごいでしょ。
霧氷は地形や風の流れ方によってつく、つかない、がはっきり分かれます。こんな風にびっしりになっている木があるかと思えば、ほとんどついていない木もあります。
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アップにしてみると、こんな風に長い針がくっついています。
風が吹いてこれがはらはらと散る様もまた美しいですよ。
ようやくチケットが取れましたので、もうじきタイへ行きます。
旅行会社はどういうわけかいちいち「何か含むところがおありですか」と勘繰りたくもなるようなメールを送ってくる人が担当者で、うんざり。振込みに行ったら、前にも使ったことがある旅行社だと判明。その時何かトラブったのかな、もう覚えていませんが。
何度も間違えるのでその度にやんわりと正すのですが、次に送ってくるメールには謝罪もなければ謝辞もなく、しれーっと訂正したものを送りつけてくる。私にはそういう神経はさっぱりわかりませんのです。
メールは文字情報だけなので、特別に気をつけなければと、あらためて思わされました。だってね、たかがメールのやりとりだけで、こんなにも人は不愉快になるのですから!
(二度と使わない。フ●ックスインターナショナル。これは自分の覚えとして)
よかったことも一つ。
いつも海外旅行保険はカード付帯のものを利用しています。前回まではニコスと郵貯のジョイントカードを使っていました。が、このカードが廃止され、そのことを忘れたまま出発直前に。あっと思って手持ちのカードを確かめると、オリコのアプティというカードを持っていました。保険のために作ったカードですが、ニコスがよかったのでそっちを使っており、こちらはただ持っていただけ。ネットで調べると、このカードは初年度のみ年会費無料で、以後は必要、ただし使用すれば無料になる、とのこと。使ってもいなければ年会費を払っている形跡もないので、もしかして失効しているのかと思ってメールで問い合せると、私が契約したときは「永年年会費無料」だったので、今現在もこのカードは生きているとのことでした。
よかった・・・・・・。別途保険料を払わなくてよくなりました。たすかったー。
保険はお守りですからね。
基本的には使わないし、使わないほうがいいのです。
私もずいぶん旅行したり滞在したりしていますが、過去20年間で1度、それも「ぎっくり腰で通院1日」で使ったことがあるだけです。お医者にかかっても、それほど高額でなければ面倒なので請求しないこともあります。困るくらい高額だった場合にお世話になるのが海外旅行保険だと思ってます。
これから海外旅行保険が付帯しているカードを作る方には、オリコのアプティIDというカードが、年会費永年無料でいいかもしれません。
今日の軽井沢は最低気温が氷点下10度。
明日というかこの深夜から、雪になるそうです・・・・・・。出発間近なのに。
ではまた

復旧しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ようやく、直りました。緊急退避版にコメントくださったななよしさん、りーさん、ありがとうございました。
最後まで、なぜ直ったのかわからない、というのがこの世界。瞬間的に、多分、ルートを書き換えた瞬間に直った、のでしょうか。
奇跡が起きたと思いましたよ、ほんとに。
もう無理だと96%諦めてました。
これだけエラーが出まくり、それが何だかわからなかったのは、ほんと久しぶりでした。
以下は自分のための覚えですので、皆さまは華麗にスルーしてくださいませ。
アカウント変更前に、s62のコントロールパネルからデータベースの「保存」を行う。
アカウント変更、パスワード等は全て元通りと言われる。
ブログにつなぐとPHP のエラー(多分)が吐き出されて何も表示されない。
コントロールパネルからデータベースへは何とか行けるが、phpmyadminにログインできない。ログインページには、アカウントyama**、旧パスワード前4文字がご丁寧に表示されているにもかかわらずエラーになる。
とりあえず、新アカウントでのデータベースは出来ているらしいので、「復元」を試みるができない模様。
このあたりから迷走する
ふとしたことから、旧アカウントの旧データベースが生きていることに気づき、62サーバーから旧アカウント、旧パスでphpmyadminにログイン、もうひとつのデータベースのコピー方法である「エクスポート」を実行する。sqlファイルができる。このファイルは文字化けしまくっている。
342サーバーが空いているので、ここにデータベースを作り、nuckeusをインストール、phpmyadminからsqlファイルを「インポート」する。エラー。
sqlファイルをterapadでutf8コードに直す。一部は文字化けしたまま。
「インストール」、成功。
しかし、表示されるものを見ると、罫線などデザイン的な部分が抜け落ちたただの文字の羅列。前に一度、この症状が出たことがあるが、思い出せなかった。
いったんnucleusを引いて再度アップ、今度はデータベースに既にデータがあるということでインストール失敗。config.phpを手動で書き換えてみる。症状は同じで、見るに耐えない。が、とりあえず文字情報だけはバックアップできていることが確認できる。
62サーバーから落としたsqlは、その後何度か確認のために落としたが、utf8コードに書き換えることができなくなった。なぜかは不明。
新アカウント名でデータベースを「作成」。パスワードは勝手にできていた奇妙なファイルにあったもの。これが正しいのかどうかはわからないが、結局、パスワードを更新したので、これが通るようになった。
同時にphpmyadminを「インストール」、パスはデータベースと同じ、ログイン成功。
新アカウント名でデータベースができている。「インポート」やってみるが、失敗続く。
何度目かに落としたsqlが、すんなりutf8変換できたので、すかさずインストールしてみると、インストールは成功。テーブルが作成された。
しかしまだphpエラーが吐き出される。
最終的なツボはブログのconfig.phpからnucleus/libs/globalfunction.phpへのルートが通っていなかったことによるらしかった。
つまりこの時点で、「軽井沢森暮らし日記」のアドレスで来る人を別稼動のブログに飛ばしていたため、サーバー上では便宜的に「blogold」という括りにしていたので、ルートが飛ばなかったわけだ。
そこで旧来の「blog」にFTPの「名前変換」で変更したとたんに、正常表示されるようになった。
結局、phpのエラーだったわけだが、先にこのエラーを解決したほうがよかったかも。データベースの問題と思い込んでそちらに目が行ったので、どの時点でデータベースがオーケーになったのかわからずじまい。
いずれにしても、データベースのバックアップを取るときは、とにかく慎重に。上記2つの方法でバックアップしたほうがいい。また、なぜか文字コード変換できないこともあったので、そのへんも気をつけること。
自分がいじらない限り、次にこの問題が起きそうなのは、ドメインが失効するとき。その時に、データベース等がすんなりいけばいいのだが、すこし不安。以上、覚えでした。

いろいろ、覚えなど

タイ行きのチケットを探し始めました。
期間が長いので、あまり安くはないですね。燃油サーチャージはようやく片道1万円程度まで下がってきました。しっかし高い・・・! 原油はとっくに下がってるのになぁ。
このブログに海外からも書き込めるように、サーバーに例のファイルを設置。うまく動かなかったら海外から確認できる、かな?
春にこのヒマラヤさんというドメインは失効させる予定です。そうなるとアクセスしていただくのは、元のアドレスということになるのですが、えーと、それはその時にまたお知らせします。自動的に切り替えてくれるといいのですけど、そのへんのことは私もよくわからないので、調べてからということで。
そうなると元アドレスがちと妙な名前なので、変更申請をxreaに出しました。変更できるかな? その前にデータベースのバックアップを作成した。
まだ何も用意もしていないのですが、ついでに言うと心の準備もぜんぜんしていないのですが、すぐにも飛びそうな感じでしょう?w
チケット、いつのが取れることやら。
覚書ですみません、ではまた

『橋の上の霜』

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あけましておめでとうございますー フロム・ウメ
さー、正月の2日、3日といえば、恒例の、あれですわよ。
この停滞感を吹き飛ばし、今年もこのわたくしに一丁、景気をつけてくんな、とばかりにテレビをつけましたら2区の外人疾走区間。そうね、アフリカからの、カモシカのような方たちには勝てませんことよね。それは仕方がないとして、あら、2位集団にも、5位集団にもいないみたい。え、そんなバカな、もしかして1位はもうはるかに遠くて映像にもならんのか? などと思っていたら、15位とかそのへんで来ましたわ。
私、この数年で、いちばん心安らかに箱根駅伝を見たかもしれません。
最後のチームは優勝チームから20分とか遅れているのだけど、それにしたってあなた、大手町から箱根まで、人間が走って行って帰ってくるのですわよ、信じられます? 走っただけでえらい。順位なんてどうでもよござんす。
驕れるものは久しからず、ただ所行は無常にござりまする・・・・・・。チーン(お坊さんの鐘)
平岩弓枝を一冊読みました。武士であり歌人でもあった四方赤良こと太田直次郎(後の蜀山人)の話。無理やり身請けした吉原の女を死なせ、妻を失い、子は病気がちで跡目を継げず、次々と知己を喪い、心の支えである愛人は尼となり江戸を去っていってしまう、という最後のシーンがとてもよかったので、書いておきます。
明け方、その愛人を見送った直次郎は、まだ真っ暗な道をわが家に引き返します。その時通りかかった橋にはびっしりと霜が下りており、そしてそこには、こんなに早い時間だというのに、人の足跡が、という場面。直次郎は一首詠みます。(以下、引用)
 世の中は われより先に用のある 人のあしあと橋の上の霜
人の世の苦痛も、ほろ苦さも、俺一人ではなかったと思った。
誰も彼も、それなりに霜を踏んで我が道を歩いて行く。
そう思うことで虚しさが消えたわけではなかった。
しかし、歩かねばならなかった。
誰か知らない人の足あとの上を踏んで、直次郎は橋を渡って行った。
風が、僅かに夜明けを感じさせている。
まだ暗い中で、雀の声が聞えていた。
(引用オワリ)
狂歌をまったく知らないので、作品中にいくつか挿入される歌に特に感興を抱くことはありませんでしたが、この作品タイトルにもなった一首は、すとんと胸に落ちました。
そしてそれに続く文の平明で美しいこと。
いつの日か私も、このように美しい日本語を書けるようにならないものか、と思いました。
能弁必ずしも語らず。
今年も日本語ときちんと向き合っていきたいです。
ではまた

今年もよろしくお願いします!

新年 あけましておめでとうございます
軽井沢は今日も晴れ。穏やかな元旦になりました。気温は氷点下8度とガキーンと寒かったですが、そのいちばん寒い時間帯はぬくぬく寝ておりますので・・・。働いている皆さん、ごめんなさい。
峠を下りて、群馬の両親のところに行ってきました。
今日は社会人駅伝の日で、最後のところを一緒に見ました。すごいデッドヒートで、富士通が優勝したのですが、富士通のアンカーは駒大の駅伝野郎でした。
親指シフトの富士通ですわよ。
もうだれもそんなことは覚えていないと思いますが。
でもここに、親指シフトキーボードで書いている女がいる~(笑)
そんなことはどうでもよいのですが。
今年も景気はなかなか上向きそうもありませんが、何とか少しでもよい年になるといいですね。
皆さまにとりましても、健康で、実り多い一年になりますよう、お祈りいたします。
私も今年は、去年よりはマシな一年にするように、がんばりますー!
というようなことで、今年もよろしくお願いします!
元旦からおいでいただき、本当にありがとうございます!
ではまた