『橋の上の霜』

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あけましておめでとうございますー フロム・ウメ
さー、正月の2日、3日といえば、恒例の、あれですわよ。
この停滞感を吹き飛ばし、今年もこのわたくしに一丁、景気をつけてくんな、とばかりにテレビをつけましたら2区の外人疾走区間。そうね、アフリカからの、カモシカのような方たちには勝てませんことよね。それは仕方がないとして、あら、2位集団にも、5位集団にもいないみたい。え、そんなバカな、もしかして1位はもうはるかに遠くて映像にもならんのか? などと思っていたら、15位とかそのへんで来ましたわ。
私、この数年で、いちばん心安らかに箱根駅伝を見たかもしれません。
最後のチームは優勝チームから20分とか遅れているのだけど、それにしたってあなた、大手町から箱根まで、人間が走って行って帰ってくるのですわよ、信じられます? 走っただけでえらい。順位なんてどうでもよござんす。
驕れるものは久しからず、ただ所行は無常にござりまする・・・・・・。チーン(お坊さんの鐘)
平岩弓枝を一冊読みました。武士であり歌人でもあった四方赤良こと太田直次郎(後の蜀山人)の話。無理やり身請けした吉原の女を死なせ、妻を失い、子は病気がちで跡目を継げず、次々と知己を喪い、心の支えである愛人は尼となり江戸を去っていってしまう、という最後のシーンがとてもよかったので、書いておきます。
明け方、その愛人を見送った直次郎は、まだ真っ暗な道をわが家に引き返します。その時通りかかった橋にはびっしりと霜が下りており、そしてそこには、こんなに早い時間だというのに、人の足跡が、という場面。直次郎は一首詠みます。(以下、引用)
 世の中は われより先に用のある 人のあしあと橋の上の霜
人の世の苦痛も、ほろ苦さも、俺一人ではなかったと思った。
誰も彼も、それなりに霜を踏んで我が道を歩いて行く。
そう思うことで虚しさが消えたわけではなかった。
しかし、歩かねばならなかった。
誰か知らない人の足あとの上を踏んで、直次郎は橋を渡って行った。
風が、僅かに夜明けを感じさせている。
まだ暗い中で、雀の声が聞えていた。
(引用オワリ)
狂歌をまったく知らないので、作品中にいくつか挿入される歌に特に感興を抱くことはありませんでしたが、この作品タイトルにもなった一首は、すとんと胸に落ちました。
そしてそれに続く文の平明で美しいこと。
いつの日か私も、このように美しい日本語を書けるようにならないものか、と思いました。
能弁必ずしも語らず。
今年も日本語ときちんと向き合っていきたいです。
ではまた