ヤマザクラ染め

先週のヤマザクラ染め、写真撮りました。思ったほど赤味が出なかったのが残念。去年の枝だとあまり出ないのかな? 去年の枝と今年の落葉だったんだけど、いやいや奥が深いですな。

  あずき色に近い
井村のあずきバーみたいな色(笑)

  手織り木綿ばかり集めて写真撮ってみました

かりん、ダンコウバイ、どんぐり、マリーゴールド、藍(煮染め)、イヌザンショウ・・・
どれもいい色に染まりました。これで何か作るのもいいけど、とりあえずはこの生地を見るだけでしあわせな気分になる。生地自体は30センチ角前後の不定形なので、1枚では何も作れない。もともと1枚をそっくり使うことは想定していないので。そうそう、多少色ムラや、干している時の光による退色が入ったりもしているので。

  今年染めた生地全部

手織り木綿にも3種類あり、あとは大麻布も入ってます。このほかに木綿糸、絹糸、毛糸、ストール類、縫製した服なども染めました。まだもう少し染めたいけど、残念ながら本日は雨でした。

今日はずっと気になっていた作業場の整理などしました。生地を使っては置き、使っては置き、染めては置き・・・、で、積み重なって足の踏み場もなくなっていた部分があったので、さすがにまずいぞと。
そうしたら高橋和巳全集の上のほうが発掘されたので、そうだ「共悲の思想」でも読んでみるかとありそうなところを掘り出しては目次を辿ってみたのですが、見つからない。おそらく晩年に近い時期だと思うのだけどない。しまいに一覧も見たのだけど、ない。
どうやらこの題で書かれたものではなかったようです。ぱらぱらたくさんめくってみたのに、今は必要ない「岐路こそまさに愛すべし」とか、「しおからを覆して泣く」とか、そんなのは見つかるのに、肝心のこれが見つからない。
で、考えている間に、「共悲」だっけ? 「共苦」のほうがらしくないか? と思えてきて、何だかサッパリわけわからんことに。
記憶の中のそれは、人が真に他者と共有しうるものは唯一悲しみではないか、というような文章だったんだけど、自信なくなってきた・・・・・・。苦しみだったかも。とはいえあの全集をその言葉を探して歩くのは無理なので、いつか解明したらまた。

金魚の耳、コウモリまなこ、にわとりアタマ。ほんとしょうもない。

  水曜日のもみじの木の下

フランスでテロ。
中東対欧米、イスラム教的価値観対キリスト教的価値観、あるいはそれを口実にした別の何か、憎悪。長い戦争になるのではないかと思えてなりません。仏教圏に属する我々も見逃してはもらえないでしょう。大昔、オスマントルコ帝国だの十字軍だのという世界史で読んだ戦いの頃に比べ、今の世界はほんとうに小さくなっているのだから。

雨は明日の午前中で止みそうです。ではまた