『ららら科学の子』 矢作俊彦

タイトルは科学の「学」が旧漢字なのですが、出なかったのでスミマセン。
このところずっと、ミステリーや推理ものといった、起承転結のはっきりした小説を読んでいたので、この本は一服の清涼剤ってところでした。
前にも書きましたが、私はこの人の『スズキさんの休息と遍歴』を読んで以来ファンだったのですが、その次に久しぶりに読んだ『悲劇週間』が手に負えず、またしばらく読まない時期があり、そして今回これを読みました。
大学紛争のときに警官を殺しかけ、手が回りそうになって中国に逃亡した男が主人公。この男は、渡った先の中国で文革に巻き込まれ、地の果てに「下放」されてしまいます。そしてその村で土を耕して暮らすこと30年。ひょんなことで「蛇頭」を使って日本に密入国(不法帰国?)して・・・・・・。
浦島太郎となった男が、自分が生まれ育った場所やその界隈を歩き、かつての友人に助けられたり、コギャルと友達になったり、蛇頭グループに追われたり、生き別れた妹を探したり、します。ストーリーとしてはそうなのですが、これが実に淡々と描かれていて、抑制された字数なのに描写が余すところないというか。
「息つく暇もないサスペンス」とか、「かつてない興奮があなたを包む」とか、まぁそういった大げさな表現をされるような小説も、悪くはない。細部を細かく細かく描いてそれによって「信じられないようなリアリティー」をもたらす小説も、まぁ悪くはない。
でも、それほどの字数をかけなくても、東京の町をこんなにも豊かに描くこともできるんですね。
全てがすでにそこに書かれていて、想像することを忘れてしまうような小説もありますよね。あまりにも文字数が多すぎて、とてもそんな気力が湧いてこないような。
この本は、久しぶりに、行間や文字間に隠されたものすごくたくさんの思いを想像することを楽しめる、そんな本でした。
評価は9点。

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