バスジャック

『バスジャック』 三崎亜記
読まずに返す公算が大きかったこの本、読めたのは腰痛のおかげ・・・・・・。怪我の功名ってものでしょうか。
いいもの読ませていただきました。
正直なところ、はずれだろうと覚悟して読み始めたのでした。このところ、純文学はいささか敬遠気味でして。
でも、そんな予想を裏切って、凌駕して余りある、すばらしい才能と出会ってしまいました。いやぁ、人生ってわかりませんね(ちがうか)。
短編集です。それぞれが、この世ではありえないSFチックな話です。そういえば最近SFって言葉をあまり聞きませんね。星新一の世界に近いかな、特にあの透明感は通じるものがあると思いました。
たいへん美しい、わかりやすい日本語で書かれた文章です。奇をてらうことのひとつもなく、淡々と簡潔な言葉をつらね、その結果としてありえないものをありえるものとして読者に納得させる。たいへんな筆力です。
個人的には、冒頭にあったので最初に読んだ「二階扉をつけてください」が、衝撃的で印象に残りました。どんな作品だったかは、読む楽しみをみなさんから奪ってしまうので、書きません。表題作である「バスジャック」も楽しめました。ラストに配された「送りの夏」は、涙なしでは読めませんでした。純文学で泣かせるってすごいです。
このひとの作品、なんで芥川賞とってないの? 作風が違うのかな。これがすばる系だってことはわかりますが、でも、昨今の芥川賞受賞作品をアタマに思い浮かべるに、ひとつとしてこれより上のものは見当たらんのですが。まあいいんですけど、読者はいい作家にしかつきませんからね、結局。
読み終わった後、澱のようなものが残る小説はたくさんあります。その澱こそがいつまでもその作品を記憶し続けるよすがになることもあるんだけど。この短編たちは、見事にその澱が残らない。すっと読んで、すとんと胸に落ちて、そして忘れる。忘れるんだけど、そこにあった空気感のようなものは、忘れない。
うまく言えませんが、私にはそんなふうに感じられる作家さんでした。
★★★★★ 星5つ マイナス要素が見当たらない
デビュー作『となり町戦争』を読まねば

水の宴

『水の宴』 中上紀
全部読んでないのでイリーガルなんだけど、感想だけでも・・・。
中上健次の娘さんである。どんなものを書いているのか、まったく知らなかった。今回初めて読んだ。
短編集だったので、全部は読んでない。最初のやつを読んだ。舞台はネパールのポカラ(書かれてはいないけど)。退廃的な若い旅人と、現地の若者の交流と、ハシシと、セックスと、えぇとあと何だっけ。
イタいな。正直なところ。
出てくる人間がみんなヤスとかノブとかといった単純な偽名なんだけど、それが日本人なんだかネパール人なんだかわからない。この会話が日本語そのものなのか、それとも翻訳された日本語なのかがわからなくて、ただそれだけで読む気を半分なくした。
旅をしたことがある人なんだろう。ほかの作品もぱらぱら斜め読みしたけど、みんなアジアのどこかが舞台で、そこを旅するほかない日本人が主人公。
だけど、そっから先がなぁ・・・・・・。
唯一、うっ、と思ったのは、この短編の主人公の弟が、妹と寝る、ってくだり。
私は中上健次のよき読者ではないけれど、それでも彼がこの「妹を犯す」というモチーフを執拗に書いていたことは知っている。『地の果て至上の時』も確かそうじゃなかったか。
うーん、どう生きようと中上健次の娘。
やはり抜けきれないのか、熊野の因習からは。
アジアに逃げて行ってるのに。
★★☆☆☆ 星2つです
この時代、純文学はむずかしいな。
■■追記■■
いかん。書評とはホメるものだという師の教えを破ってしまったのだ。慙愧の念に耐えかねて、深夜、もうちょっと読んでみた。
するとだね、星2つってことはないな、と。
ダメなんだなぁ、アジアが舞台のこの手の小説は、私の個人的な履歴による拒絶反応がすごく出てしまう。フィクションに徹してくれていれば(たとえば篠田節子のように)、何のわだかまりもなく読めるんだけど。こんなふうに心象風景っぽく、あるいは純文学っぽく、アジアを旅するふうらふらで何もないうすっぺらの自分を語られると、つらいという気分が第一に来てしまう。
ということがよくわかった。
でまぁ、純文学ってほんとにムズカシイな、ってところに落ち着いた。
私が中上健次の『枯木灘』や『地の果て至上の時』や『十九歳の地図』なんかを読めたのは、読まざるを得ない迫力がそこにあったからだし、自分の方にも、読まざるを得ない何かしらの理由があったからだ。中上健次って、あのころの自分にとっては、読まなければいけない、理解しなければいけない、作家の1人だったから。誰にそう言われたわけでもないけど、とにかくそうだった。
中上紀のこれらの作品だって、そうひどいってわけじゃない。これが芥川賞を取ったって、驚かない。特に昨今の芥川賞受賞作品に比べれば、こっちのほうが上かもしれない。少なくとも日本語として、首をひねるような箇所はなかった。
じゃあ、何なんだって、自分でも何を書いているのかわからなくなってきたぞ。
この小説。今の自分には面白くなかった。もう面白い小説しか読みたくないと思っている自分には。自分にとって、今は純文学を読む時代じゃない、ってことなんだろうと思う。
ただ、ざっと読んでみて思ったのは、こういうことを思われることがいちばん嫌かもしれないんだけど、やっぱり中上健次の子どもなんだなぁ、ということ。どこか似ている。居場所がなくてやりきれないって感じとか。お前らそんなにお上手に生きてんじゃねぇよ、って感じとか(あくまでも私の受けた感じ)。
というわけで、久々に中上健次のことなんかも思い出したわけなんだが、『地の果て至上の時』が本棚に見当たらない。単行本で買ったのに。新刊の時に。どこ行っちゃったんだろうな。
★★★☆☆ 星3つに訂正
ご尊父と比べてしまい本当に申し訳ない

椿山課長の七日間

『椿山課長の七日間』 浅田次郎
朝日新聞で連載されていたときに、前半部分は読んでいましたが、旅に出ちゃってその後を読んでなかったので、今回まとめて読みました。
ある日突然死んでしまったデパートマンとヤクザと子どもが、自分の死に納得できず、特例措置で生き返ってやり残したことをするという、荒唐無稽な話です。この人のデビュー作だったか、『きんぴか』シリーズにすごく近い、ユーモアとおやじギャグ連発の強引な展開なんだけど、そこは浅田次郎です。泣かせのツボははずしません! 要所要所にちゃんとツボが埋め込んであり、3人それぞれ、泣かせてくれます。
舞台設定が成城、仙川、調布といった東京23区の西のはずれなのですが、実はその周辺は私が生まれ育った地であり、また、高校がそのエリアだったので、私は家族の誰よりもこの地域に深い思い出を持っており、そんなことも小説を楽しむひとつの要因になりました。話がそれますが、まだ犯人が捕まらない「成城一家4人惨殺事件」の現場も、私が高校3年間毎日ちゃりんこでかっとばしていた通学路上でございました。
★★★★☆ 星4つ
涙腺の弱い方は号泣必至

『ネパールに生きる』

『ネパールに生きる-揺れる王国の人びと』 八木澤高明
よく見るとすごいタイトルで、一瞬腰が引けますが、読んでみるとそんなことはない、ネパールの人々の暮らしが淡々と、誠実にルポされています。
この手の本は著者の思い入れがたっぷりすぎて、「も、もう結構です」と言いたくなるものが多かったり、あるいは、「おいおい、ほんとにそんなに深いところまで話してくれたのか?」とつっこみたくなるような、ストーリー性の高いものになってたりで、実は最近はほとんど手を出さないジャンルでした。
ネパールは世界最貧国のひとつ。美しいヒマラヤからは想像もつかない、腐敗した権力構造とがんじがらめのカースト制度でドロドロの国。
その国が今はこれまた泥沼の内戦に陥っています。
ほんとうに、ネパールは、これからどうなっていくのでしょう・・・。
私にとって愛着の深い国ゆえに、悲しい気持ちになりました。
★★★★☆ 星4つ
ウソっぽくないルポルタージュに拍手
この写真家の人間性が透けて見えるモノクロの写真もよかった

『魂萌え!』 『漂流トラック』 「DOG DAY AFTERNOON」

忘れそうなのでまとめていっときます。
『魂萌え!』 桐野夏生
桐野夏生さんといえば、直木賞をとった『OUT』以降、クライム小説あるいはグロテスク路線で名を馳せていらっしゃる。去年、『アイムソーリー・ママ』という作品を読んで、そのあまりの救いのなさに脱力してしまって以来、この作家からは遠ざかっていたのだけど。
久しぶりに読んでみました。実は実家がとっている新聞に連載されていたため、何度か目にしていたので、そこそこ安心感もありました。
うん、いいですね、楽しめる小説でした。
こういう専業主婦っていると思うし、こういう息子も、こういう娘も、いると思う。どこをとっても何の変哲もない、庶民の日常。これだけで十分、小説の題材になるんですね。もちろん、この作家の力量をもってしてですが。
私は桐野夏生さんの、『ファイアボール・ブルース』1・2や、初期の探偵ミロシリーズが好きです。その後のリアリズム・グロテスク系はちょっと。読んでみたい気はありますが、よほどこちらの体調がいいときでないと負けそうです。
★★★★☆ 星4つから3.5の間
じゅうぶん楽しませていただきました
『漂流トラック』 安東能明
初めて読む作家さんです。ミステリーです。
うーん・・・・・・。ムヅカシイな。
主題として選んだものはよかったと思うし、この主題を描ききれたら、すばらしかったと思います。残念ながら、この主題を描くために著者が作り上げた筋書きが、弱かった。最初から最後までを1本の道で通すことができなかった。登場人物は少ないのに、魅力的に描ききれなかった。いろんな事実が明確に結びつかなかった。一人ひとりの人間が抱えたもの、そこから導き出される行動の動機付けが、弱かった。
小説の冒頭に2つのプロローグが挿入されています。
特にその最初のプロローグは、完全に余計だと思いました。どうしても書きたかったんだろうとは思うのですが(そういうことってあるんだろうけど)、でも、余計だった。それを入れる必要がどこにあったのだろう? もったいない。
ミステリー小説のプロローグといえば、なんと言っても高村薫の『マークスの山』のそれだろうと、私は勝手に思っているのですが。この冒頭部分は圧巻でした。ここを読むだけでも価値があると思ってしまうくらい。臨場感アリアリの、読んでるだけで恐怖を覚える闇の山中の描写。
あれはすごかったな。
★★☆☆☆ 星2つ
生き返らせてどうする!(読んだらわかります)
「DOG DAY AFTERNOON」
読んだんじゃなくて映画ですが。ちょうど衛星放送でやっていたので見ました。アル・パチーノは好きな俳優です。
間抜けな銀行強盗の話です。あまりにも間抜けで手際が悪く、警察に包囲された後で銀行員からも「どうしてさっさと終わらせて出て行かなかったんだ」と説教される始末。ゲイの恋人やら、デブでおしゃべりの女房やら、自分勝手にわめき散らす母親やら、いろんな人間が出てきてアル・パチーノを苦しめます。
その一方で、ベトナム戦争に倦んだ市民が、アル・パチーノをヒーローに見立てて大騒ぎ。ピザの配達人なんかは大喜びでやって来たりします。
情けない人間の、情けない人生と、情けない人間関係。実も蓋もないって感じだけど、描く意味も、それを見る意味もあると思わせる映画でした。
★★★★☆ 星4.5です(半分のホシがなくてねぇ)
実話だったんでびっくり

博士の愛した数式 小川洋子

映画化もされて話題になっていたところに、タイミングよく友人から貸してもらって読みました。ちょっと前なんだけど、忘れてしまうのでメモだけ。
うん、おもしろかったです。
映画のキャスティングもいいんじゃないでしょうか。読んだ後で考えると、そう思います。
小川洋子さんは、たしか芥川賞をとった『妊娠カレンダー』だけ読んだことがありました。
文化果つる町の、新しく作られた町民文化センターの、誰も行かない図書室で、担当者が何を購入していいかわからずとりあえず過去10年の芥川賞と直木賞作品と、話題の新刊本を揃えてみましたっ! って感じの場所で、これを借りて読みました。考えてみると高村薫の『マークスの山』も、篠田節子の『女たちのジハード』も、桐野夏生の『OUT』も、みんなここで読んだのでした。誰も読んでいないまっさらの状態で。それだけは幸せだったなぁ。
でまぁ、『妊娠カレンダー』ですが、正直なところ、つまらなかったという以外、何も覚えていません。それ以来、小川洋子さんの小説は、一度も読んでいないと思います。けっこう好き嫌いが激しいのかな、私は。一度だめだと思うと、なかなかもう一度がない。
でもこの小説は、よかったですよ。しみじみとあったかいです。
いい小説です。
★★★★☆ 星4つ
作家の重ねた年月に。

砂漠の舟 篠田節子

実は私は、砂漠の舟を見たことがある。ラクダのことではない。本物の客船が砂漠の上を音もなく走り、地平線のかなたに消えていくのを見た。その砂漠はカシュガルのエイティガール寺院横にあるバザールのはずれから唐突に始まり、どこ果てるともなく広がっていた。私はその舟に乗ることができなかった。なぜか自分は乗ることを許されないと知っていた私は、ただ黙ってその舟が遠ざかっていくのを見ていただけだった。
その夢を見たのは、敦煌。町でいちばん安い招待所の、1ベッド4元のドミトリーに泊まった夜だった。私は敦煌の前にトルファン、カシュガル、ウルムチといった西域を旅してきており、砂漠の風景や出会った旅人やウイグル人の青い目などが記憶に焼きついて離れず、あんな夢を見たのだろうと思う。朝、目が覚めると、自分の体にも寝具にも砂がうっすらと積もっている、旅だった。
私はいつか、この砂漠の舟をモチーフに何か書いてみたいと思ってきたが、残念ながら才能不足でなにひとつ形にできない。
だから書店で最初にこの本を見たとき、「やられた!」と、不遜にもつぶやいてしまったのだ。いやいや、笑止千万。
で、肝心の小説はというと、おもしろかったです。篠田節子さんほど当たり外れのない、書けばまず安打にはするという書き手は、少ないかもしれないなぁと思うほどに。ほんのちょっと物足りなさを感じるのは、贅沢というものでしょう。
一時期この方はネパールやヒマラヤに題材を求め、いくつか長編小説を書いていたのですが(『ゴサインタン』『弥勒』など)、ほんとうによく書けているのにどこか希薄な印象がありました。
今日読んだこの砂漠の舟にも、最後に東南アジアの某国が登場してきます。具体的にではなく、そこへ行けばもう一度やり直せるのではないか、という希望の土地として。
強いて言うならば、こういった日本以外のアジアのどこかに救いを求める安易さには、「うーん?」と思わせられますが、これはきっと作者の思い入れが強い故なんでしょう。
でも、そういうことを差し引いても、じゅうぶんおもしろい小説でした。
★★★★☆ 星4つです
何よりもその読みやすさに。

悲劇週間 

読んだ本の感想など・・・
『悲劇週間』 矢作俊彦
いやいやいや、びっくりしました。
私の中の「矢作俊彦」観が一変しました。
重い小説でした。
力作であり労作です。
この作家が内懐に持っている言葉の海の深さを垣間見ました。
饒舌を一切排してこれだけ語れる力量に畏怖します。
この作品については多くの人が実に細かな評を出してます。私には正直荷が重い。
あまりに畏れ多く、これ以上なにも書けません。
矢作俊彦、おそるべし。
『スズキさんの休息と遍歴』以降の作品を、ぜひ読んでみたいと思いました。
★★★☆☆ 星3つです
読む価値は大なれど、読者を選びまする。