『ミノタウロス』佐藤亜紀・『センセイの鞄』川上弘美

『ミノタウロス』 佐藤亜紀
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この人が『バルタザールの遍歴』でファンタジー大賞をとったのは1991年のことだったらしい(いま確認)。
1991年かぁ・・・・・・。
おっと、遠い目になっている場合では。
この『バルタザールの遍歴』でノックアウトされ、その後『戦争の法』でずっこけ(あくまで「私」が)、久々に手に取りました。また戦争か、と思いつつも。
この人にしては長くないけれど、ひとつの文にいくつもの意味合いを込めてくる文体は相変わらず。この文体に拒否反応を示す人もきっと多いかと。下手なライターがマルとマルの間で主語と述語がこんがらかる文章を書いてしまうことはよくあるが、この人は天才的に文章がうまいので、もちろんこんがらかりはしない。
1900年代初頭のロシアを舞台に、人間存在の意味を根底から問う、すごい小説です。この時代に、こんなものを正面から書く作家がいるということに、ともかくも畏怖するしかありません。いったいこの人の頭の中はどうなっているのか・・・・・・、見てみたい。
評価 4.5点  点をつけるのもおこがまし・・・
『センセイの鞄』川上弘美
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殺伐といたしましたので、救いを求めるように手に取ったのは、一緒に借りた桐野夏生ではなく、やはりこちらでした。谷崎潤一郎章をとっている小説。純文学としては15万部以上とよく売れたんですね。かなり話題にもなりました。
平易な文章が心に沁みます・・・・・・。
それにしても、佐藤亜紀さん作品の対極にあるような小説というか文体ですね。
物語は、70歳くらいのセンセイと、37歳の元教え子の恋。
飄々として、惚けた味わいもいっぱいの秀作です。吹き出してしまう部分も多々。泣く部分はちょっと。
川上弘美という作家は、芥川賞をとった『蛇を踏む』と、ほかに短編をいくつか読んだだけなのですが、いいですね、また好きになりました。
評価 4.5点  佐藤亜紀先生を超えるわけには・・・(笑)
※人間存在について深く考えたあとはほんわかと。
でないと生きていけません(笑)

『瑠璃の海』ほか

例年だと夏に本を読んだりしないのですが、今年は庭と畑にかける時間をうんと短縮しているせいか、きちんと図書館に通って本を借りています。
あ、仕事がヒマなのか・・・・・・。
『瑠璃の海』『天の刻』 小池真理子
実はこの作家の小説を初めて手に取りました。なんとなくですが、官能小説系というか、渡辺淳一の女版みたいなイメージが強くて(大変失礼!)、今までは縁がありませんでした。
で、読んでみたのですが、ははー、なるほど。いや、わかりました。つまり、私がトシを取ったということなんですね(笑)。20代じゃ理解不能かもしれないと思いました。30代でも、わからない人にはまったくわからないでしょうね。40代だと結構わかるんじゃないかと・・・(笑)。
オトナの女が読む小説。『瑠璃の海』はアマゾンでの評価が低くて意外でした。私は好きですけどね、こういうの。行き着くところまで行っちゃうというの、好きです。最近発見したんですけど。
評価 『瑠璃の海』 8点
    『天の刻』 7点
『水底の森』 柴田よしき
ミステリー小説です。最初に死体。で、犯人を追いかけていくというストーリー。最後まで犯人がよくわからず、結局最後まで読みましたから、その意味では成功しているんだろうと思います。が、手法として作者が選んだ以上読者が異を唱えるのもヘンなんだろうけど、あまりにも場面転換が激しすぎて、疲れました。それと、ここまで複雑にしなくても・・・、とも思いましたが、これを「大きなお世話」と申します。
評価  6点
『真実』 グレッグ・ダイク
BBC前会長の回顧録。主にイラク政策批判を巡って、BBCを解雇されるに至った経緯がつづられています。報道の自主独立って難しいのですね。
評価  なし(回顧録ですから)

藤原伊織氏の訃報

『テロリストのパラソル』で乱歩賞と直木賞をダブル受賞、そのほかにも私好みのハードボイルド系小説を何本も書いている藤原伊織氏の訃報を、夜遅くなってから聞きました。
まだ59歳。
もったいない。
なぜ才能ある人が早く去ってしまうのか。
『テロリストのパラソル』が発表され、賞を取ったのは95年。
12年も前なんですね。
その頃、自分はまだ東京にいて、いろんなことしてたんですね。
受賞直後に読んで一気に惚れて。
新宿中央公園の描写は、今も鮮やかです。
私、東京都庁が建設されているとき、すぐ近くのビルで働いていて、毎日ちょっとずつクレーンが上がっていくのを見てたんですよ。完成する前にその仕事は終わってしまいましたけど。
新作が出るのを待つ数少ない作家の1人でした。
闘病生活は苦しかったでしょう。
やすらかに。

真夏の島に咲く花は

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『真夏の島に咲く花は』 垣根涼介
フィジー島を舞台にした群像劇。
この著者の作品にしては、おとなしいです(笑)。誰も死なない。
悪くはないが、特におすすめでもない、という感じでしょうか。
篠田節子の『コンタクト・ゾーン』を思い出してしまいました。
評価は6.5点
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『相克の森』 熊谷達也
著者お得意のマタギもの。ただし主人公を若い女性にしたので、大変だったんじゃないかと思いました。軽井沢のリゾートホテルや、そこで自然保護活動をしているNPOなんかも出てきて、そこらへんはちょっと別の意味で面白かったです。このへんでも出ますからね、ツキノワグマ。わが家は先週イノシシがガーデンに乱入し、地雷が4つほど爆発したのか、というような惨状です・・・(関係ないですね)。
評価は6.5点
もうひとつ、『まほろばの疾風』(熊谷達也)という作品も読みかけたのですが、どういうわけだか読みすすめる気が失せてしまいました。春だから?

『ワルボロ』、『岡山女』

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『ワルボロ』 ゲッツ板谷
この本を読んでいたら、遊びに来た友人が、「ゲッツ・・・。ふーん。あの、黄色い人?」と言いながら、両手で指差してみせた。
いーえ、そっちのゲッツじゃありません。物書きの、ゲッツです。
1964年生まれのゲッツ氏の、荒れ荒れ中学時代を熱く語った自伝小説。最初から最後までケンカしまくり。パチキ(頭突きのことらしい)かましまくり。
笑えました。
ちょっと泣けました。
『岸和田少年愚連隊』にすごく近いですね。
自分のクラスにもいた、ボンタンはいてイキがってた男の子や、スカートひきずってた女の子たちのことを、ちょっと思い出しました。みんな今何やってんのかな。
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『岡山女』 岩井志麻子
ホラーの短編集です。『ぼっけぇ、きょうてぇ』の作者ですから、これもおどろおどろしい世界の話ばかり。死霊より生霊より、いちばん怖いのは生きている人間・・・。

『国銅』

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帚木蓬生の作品。医療問題を扱った作品が多い人ですが、この作品は歴史モノ。めずらしいなぁーと思って手に取りました。
奈良の大仏さんを作る話、です。ひとことで言えば。
遠い昔にどうやって銅が作られ、どうやってそれを都に運び、どのように大仏を作っていったのか、よくわかっておもしろかったです。
作品は徹底してひとりの工人の視点で描かれます。銅を精錬する場所で生まれ、当然のごとくそれを仕事とし、やがて徴用されて都に上り、大仏建立に従事した男。たくさんの人と出会い、別れながら、人として成長していく。そう、これは立派なビルドゥングス・ロマン小説なのでした。
評価は7点。
『悲鳴』 東直己
札幌を舞台にしたハードボイルド(?)小説。特に感想はなくていいでしょう。
評価は6点。語り口が私にはちょっとひっかかりましたです。あと、長すぎる。
『ゆりかごで眠れ』 垣根涼介
『ワイルド・ソウル』を読んだあとで何冊か読みましたが、どれも今ひとつ面白みを感じられなくて・・・。で、これは再び南米系。今度はコロンビア。ただしコロンビアの話はあまり出てきません。
おもしろかったですが、それ以上のものはなかったかな。
評価は6.5点。

そして、警官は奔る

『そして、警官は奔る』日明恩
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前作がある作品だったけど、またまた初体験の作家。
リー・ミン・ウンという名の中国人か、リ・ミョン・ネ(うそばっか?)という名の韓国人か、だと思った。夫も同じ意見。
たちもり・めぐみ。と読むんだそうだ。本当にそう読めるというか、読ませていいのだろうか。こういう苗字、実在するのかな。
話としては、いわゆる警察小説でした。不法滞在外国人の子供の国籍問題や、児童ポルノの問題が絡んでます。
ただ、登場人物に感情移入できなかったです。
クソ誠実でクソ真面目で誰にでも直立不動で頭を下げなきゃすまない主人公にも、その正反対にやたら軽くてお調子者の元上司にも、ヤな人間として描かれる相棒にも、いまひとつだったです。特にその相棒の「ヤさ加減」が、およそこの世で起こりうる最悪の不幸な事件が理由である、という、そのわかりやすい落とし方も気になると言えば気になりました。
一生懸命に調べて書いた、ということは最大級の敬意をもって認めます。
評価は6点ちょいマイナス

『ららら科学の子』 矢作俊彦

タイトルは科学の「学」が旧漢字なのですが、出なかったのでスミマセン。
このところずっと、ミステリーや推理ものといった、起承転結のはっきりした小説を読んでいたので、この本は一服の清涼剤ってところでした。
前にも書きましたが、私はこの人の『スズキさんの休息と遍歴』を読んで以来ファンだったのですが、その次に久しぶりに読んだ『悲劇週間』が手に負えず、またしばらく読まない時期があり、そして今回これを読みました。
大学紛争のときに警官を殺しかけ、手が回りそうになって中国に逃亡した男が主人公。この男は、渡った先の中国で文革に巻き込まれ、地の果てに「下放」されてしまいます。そしてその村で土を耕して暮らすこと30年。ひょんなことで「蛇頭」を使って日本に密入国(不法帰国?)して・・・・・・。
浦島太郎となった男が、自分が生まれ育った場所やその界隈を歩き、かつての友人に助けられたり、コギャルと友達になったり、蛇頭グループに追われたり、生き別れた妹を探したり、します。ストーリーとしてはそうなのですが、これが実に淡々と描かれていて、抑制された字数なのに描写が余すところないというか。
「息つく暇もないサスペンス」とか、「かつてない興奮があなたを包む」とか、まぁそういった大げさな表現をされるような小説も、悪くはない。細部を細かく細かく描いてそれによって「信じられないようなリアリティー」をもたらす小説も、まぁ悪くはない。
でも、それほどの字数をかけなくても、東京の町をこんなにも豊かに描くこともできるんですね。
全てがすでにそこに書かれていて、想像することを忘れてしまうような小説もありますよね。あまりにも文字数が多すぎて、とてもそんな気力が湧いてこないような。
この本は、久しぶりに、行間や文字間に隠されたものすごくたくさんの思いを想像することを楽しめる、そんな本でした。
評価は9点。

とけるとける

とけるとける。
雪がとける。
あったかくって、雪がとける。
とけるとける。
脳みそがとける。
何にもしないので、脳みそがとける。
バカなこと言ってないで、せめて読書記録でも。
『コンタクト・ゾーン』篠田節子
この作家の得意パターンのひとつ、邦人が海外で政変に巻き込まれるパニックもの。海洋東南アジアのどこか(マレーシアあたり)をモデルに、その政変は東ティモールのそれを思わせる。
うまいんだけど、物足りない。
なんて言えばいいのか。
この人はおそらく取材にも行ったのだろう。編集者が同行し、現地のコーディネイターが過不足なく必要なものは案内し説明しただろう。ただし、エアコンの効いた車の中からすべてを見てきた・・・・・・。そんな感じがする。してしまう。
それに、それを言ってはおしまいだが、ここまでのパニックが必要なんだろうか。
出てくる人間もあまりにもステレオタイプ。
終わり方も、ここまで引っ張っといてこれか? という印象だった。
評価は6点
『ワイルドソウル』垣根涼介
初めて読んだ作家。
ブラジルと日本を舞台に、過去と現在を行き来しながら繰り広げられる骨太の物語にぐいぐい引き込まれた。
日本政府によってブラジルに棄てられたたくさんの移民たちの地獄の日々が、リアリティーを持って胸に迫ってくる。これが戦後の話、私が生まれるのとそう変わらない時期に行われたなんて、信じられない。日本という国は、これほどまでに無策で愚かだったのか・・・。そしてそれは今も・・・。
限りなく重いテーマを根幹に持ちながら、魅力的な人間たちが駆け回り、後半は日本政府に復讐劇を仕掛けていくという痛快な展開に。
ほかの作品もぜひ読んでみたい。
評価は9点
実におもしろかった

『凍』沢木耕太郎、『ウルトラダラー』手嶋龍一

読んだ順番に『ウルトラダラー』から。
著者はNHKの元ワシントン支局長。あの9.11の時には連日ニュースに登場していたので、ご存知の方も多いでしょう。最近はときどきワイドショーなんかにも出ています。
で、本作品。
小説なんでしょうか? それとも資料として読めと? それは無理だなぁ、だって事実じゃないんだし。
特にラストにはのけぞりました。途中からちゃんと読む気力に欠け、思いっきり飛ばし読みしといて何ですが。
個人的感想としては、偽ドルに集中すればよかったんじゃないですかね。
評価は10点中の2点(ごく辛口。部分部分では面白いところもあったんですが)。
『凍』は発表されたときからずっと気になってて、ようやく読むことができました。私にとって久々のサワコーです。ええと多分、15年くらいは読んでいないかも・・・。『深夜特急』も読んでないという体たらく。自分が旅を始めちゃってからは、なんか気恥ずかしくて手にとる気になれないまま。
それはともかく、この作品はクライマー山野井泰史さん夫妻の、ヒマラヤの高峰ギャチュンカン登頂記録を中心に据えた、ドキュメンタリーです。
山野井さんのことは知ってました(テレビで1度、雑誌で何度か見たことがあるってだけです)が、ここまでの人だとは・・・。しかも彼が手足の指を凍傷で失ったのはミニヤコンガだと思ってた・・・。それは松田さんですよね、「ミニヤコンガ、奇跡の生還」でした。
実はこないだエベレスト街道に行ったとき、山野井さんをお見かけしてたんです。声はかけられなかったですけど。プライベートで来てるみたいだったから悪いなぁと思って。ナムチェバザールの石段道を飛んで歩いていたので、すごいなぁーと思ってました。凍傷で足のかなりの部分を失ったのは知っていたので。
私が山野井さんを「かっこいい」と思うのは、もちろんクライマーとして世界のトップクラスだからでもあるけれど、それより何より、山へ自費で行く人だから、です。もちろんこれは、彼がアルパインスタイルのクライマーだからこそ可能なことなんですけどね。何であれ、身銭を切ってる人の言葉はホンモノだと信じているだよ、私。ほかの人たち(山屋にかぎらず)はスポンサー付けすぎちゃいます?
で、山野井さんもすごいんですが、奥さんが! すごすぎる!
読んでください、ぜひ。山が好きな人もそうでない人も。こんなふうに生きている人がこの世の中にいる、って知るだけでも十分読む価値ありです。
評価は10点中8点
地図が欲しかったですね。それと、最初に夫妻の遭難が伝わった経路が、ネパール側エベレストBCから下りてきた一トレッカーからの伝言、ってことになってるのですが、夫妻がいたのはチベット側で、チベット側のエベレストBCに第一報が届いたのはわかるんだけど、そこからどうやってネパール側のBCに連絡がいったんだろう? それができたならカトマンズにも連絡が取れたと思うのですが・・・? もしかして短距離しか飛ばない無線か何かが偶然通じたのかな? その意味でも地図が欲しかった。