チェンマイとコロナ

昨夜は土曜夜市、すぐ近くなのでマスクをして行ってみた。一応、市場調査のような意味合いもあり、チェンマイに行けば土日の夜市は必ず行くことにしているので。
最初は人の出が少ないなと思ったがどんどん増えてきて、逆にびっくり。

5割欧米人、4割中国人、1割その他タイ人含む

大体こんな印象だった。中国人が多くて驚いた。もう団体旅行制限が解除されたのかと思うほどいた。しかもノーマスクの人が多くて、まじかよと・・・。(ただしこの3年の中国人の多さは体感していないので、まだまだ少ないのは事実なんだろうと思う)
タイ人は少ない。わざわざ出かけないという選択をした人が多いのだろう。賢明だ。

コロナなどどこ吹く風(除くタイ人)
というのが如実に表れていて興味深かった。

日本でも学校が休みになるとか、イベント中止要請が出るとかあるようで、中島みゆきさんのコンサートも中止になったそうだ。
一方で、東京事変というグループのコンサートは催され、それに非難の声が上がっているとかいないとかの記事を見た。
東京事変は椎名林檎さんという人のグループだそうだ。少し前にグループ名を目にした時には、なんだなんだ戦争かよと、少し嫌な気分がした。今回の旅は戦争と深く関わる部分があったので、特にそう思ったのだろう。上海事変、満州事変、事変という言葉そのものは戦争ではなく広い意味での騒乱を指すようだが、戦争以外でこの言葉を実際に使うことはあまりないのではないか。
それはともかくとして。

怖いのは、こういう「右へ倣え」的なことで、それに反する動きをすると糾弾されるという空気の方じゃないのかと思った。
コンサートをやる、やらない、どちらでもよい。どちらの判断も難しい。行く、行かない、どちらでもよい。どちらの判断も難しい。そしてその集合体としての判断も、個としての判断も、尊重されるべきで、外野がとやかく言う話ではない。ああそうか、でいい話だ。
だいたいこういう場合、「これが原因でコロナになったらどう責任を取るつもりなんでしょうか」的なことが言われるのだが。
責任なんか取れるわけがない。そんなことみんな百も承知で生きてるんじゃないのかね。

話は変わるが、中島みゆきさんが中止前のコンサートで「(前略)その一方、私が心配なのは心優しい人たちが人に譲りすぎて倒れてしまうことです。皆様はどうぞ、自分のことを少し大切にしてください」と話したのだそうで、友人から聞いて知った。

これを読んでふと思い出したのが、壷井栄の『あたたかい右の手』という児童向けの短編。実際にはここにたどり着くまでが大変で、なんせ「しろちゃんの? あたたかな左の手? 住井すゑ?」てな感じで記憶していたので。おかげで住井すゑの戦争責任についての論文などがヒットしてしまって読む羽目になったりした(一時話題になったのは新聞記事等で記憶にあるが、詳しくは知らなかったので勉強になった)。

この作品は、慈雨ちゃんという心やさしい少女が戦後の混乱期に貨車に乗り人に押しつぶされて死んでしまう、という悲しい話で。慈雨ちゃんは決して押し返さない、押し返さずに死を受け入れてしまう、のね。そしてそのクリスチャンの両親は、神に召されたとしてその死を受け入れ、泣かない。それを見た慈雨ちゃんの親友が、どうしてなのかと泣き、その母親が肩に右手を置いて「泣いてあげなさい」と言う。そんな話。私が子供の頃にはまだ多かった反戦文学のひとつだ。

献身、自己犠牲、そんなあたりから連想したのかとは思うけど、ほかにいくらもありそうな中でなぜこんな、50年近く前に読んだものを思い出すのか、人って不思議。
それにしてもクリスチャンはブレーキが壊れた列車を止めようと身を投げ出し(『塩狩峠』三浦綾子)、仏教徒は仏にあげる食べ物がないからと自ら火に飛び込み(火に飛び込むうさぎの話)、こういう献身、自己犠牲というのは人類共通の修身教養みたいなものなのだろうか。因みに『塩狩峠』は、泣ける小説を教えろと言われたら真っ先に挙げる1作であるが、私が読んだのは小学生のころだったので、今読んだらどうかはわからない。

で。中島さんの話に戻ると。
自分はそんな「心優しい人」ではないので、どうしたもんかとちょっと困ったような気分になった・・・。
心優しい人たちは、本当に気を付けてください。まず自分が助かっていいんだよ、高山でヤバいときにはまず自分が酸素吸うんだよ、飛行機で酸素マスク下りてきたら最初に自分がマスク付けてそれから人を手伝うんだよ、それがルールなんだよ。

何にしても。
早く時間が流れて、「コロナかー、そういうこともあったよね」と言えるようになればいいなと。それは間違いなく、あっけなく、来るのだからね。経済が持ち直すには時間がかかると思うけど・・・。

そんなこんなをぐだぐだと考えながらチェンマイにいる。