強風

午前中から風が強く、閉じたドアが開いてしまうくらい(なんせ古い団地なので)だった。2枚の引き戸を通り越してその先のドアを押し開けるのだから、相当な風。ビル風のようになっているのだと思う。
晴れてはいるが雲も多い。日本海側では雪が降っているのだろう。そのことは別に驚くようなことではないんだけどねー。ずーっと前から、雪が降る場所には雪が降るのだから。
ネットしか見ていないが、何でもかんでも騒ぎすぎだと思う。
越後湯沢の辺りなんて、雪降ってなんぼ。降らなきゃ困る、地域経済はスキー場にも相当拠っているから。1mや2mの積雪は当たり前。最近は減ってきているのかもしれないけれど。

軽井沢も雪になっているようだ。こちらは凍るからなー(^^;

過去の旅。
エベレスト街道 ナムチェからタンボチェへ

クンデ? が聳えるナムチェ

コロナ禍で、ヒマラヤトレッキングもどんな状況になっているのだろう。エベレスト街道にはピーク時には30本もの飛行機が飛びトレッカーを運んでいた。30本というと400~500人くらいではないかと思う。それだけの人数が連日ルクラをスタートし、歩き、お茶を飲み、泊まり、食事をし、お土産を買い、莫大な現金をその地に落としていたわけだ。それが殆ど出来なくなったのだとしたら……。
特にこのエリアは2015年の地震で大きな被害を受けた村もある。
早くコロナが収束し、以前のように賑わうようになってほしいと願う。

 

 『荒城に白百合ありて』 須賀しのぶ

幕末の動乱期、会津女と薩摩隼人が出会って……。という話(簡単すぎる)。
尊王攘夷だ勤王だというのは言葉では知っているが、読んでいるとこれはどっちだっけ、天皇だっけ幕府だっけ、とわからなくなってしまう。寝返ったり裏切ったり裏で手を組んだり。どの藩もうまく立ち回ろうとするのに、会津だけは時代遅れの「会津の人間はこうであるべし」という教条に縛られて滅んでゆく。滅びの美学というものは理解するが、ちょっと会津は……(自重する)
幕末の動乱の中で無慈悲理不尽に死んでゆく者たちを描いた小説としては、朝井まかての『恋歌』がはるかに胸に迫った。こちらは水戸藩だけど。余談だけどこれ読んで以来、福井や石川の衆が恐ろしく感じられてならない。
☆3.5 この表紙はだいぶいただけないと思うが如何

この話、すとんと落ちなかったのは、主人公たる会津女と薩摩隼人が二人そろってある種特別な人間だ、ということになっていたからだと思う。心はあるが情はない、簡単に言うとそういう人間で常に冷ややかに世の中を見ている。情がないからどんな場面でも自分に与えられた役割を演じることができる。生きることにも死ぬことにも意味を見出せない。この世でたった二人だけが! この世に二人だけが! そういう人間の形をしたバケモノなのだと、だから二人は惹かれ合うのだと、いうことになっているんだけど。
そーなの???
あんたたちだけがバケモノで他はみんな普通の人?
と、ここんところ(そしてこれがこの小説の肝であるはず)に引っかかってしまったので、何だか腑に落ちないまま終わってしまった。

ではここで中島みゆきさん、歌は「この世に二人だけ♪」

 

バカ言ってないでではまた

よく晴れた

今日は朝から快晴。さっそく洗濯して干した。この季節に外に干せるなんて感激する。軽井沢は凍るし乾かないので室内干しがメインだから。
12月に水仙が咲き誇っていて驚いた。今も咲いている。12月のは極早咲きの品種なのだと思う。それにしても子どもの頃、東京で、1月に水仙は咲いていなかったような……? 品種によっては咲いていたのかなぁ。

ミャンマーのチン州で、軍による住民の虐殺が続いているとの報道。
前にも書いたけれどチン州は2020年1月にごく近くを通過した時、入ろうかどうしようかかなり迷った場所。その時は結局、疲れと寒さへの不安から「またの機会に」としてしまった。
報道のあったマトゥピは、まさに行こうとした場所。カレーミョからハカに入り、マトゥピまで南下してニャウンウーへ抜けられないかなと考えていた。
その当時も小さな戦闘はあったのかもしれない(詳細は不明)が、少なくとも立ち入りが制限されているわけではなかったと思う(これも不明)。
今自分が20代ならば「いつか必ず」と思えるだろうけど、そろそろ先が怪しくなりつつある今、惜しかった、と思うばかりだ。

過去旅。
1990年・エベレスト街道の1

 

 『私の命はあなたの命より軽い』 近藤史恵

先日読んだものが面白かったのでまた借りてみた。里帰り出産をしようと実家に戻った長女を待ち受けていたのは、以前とは別人のように変わってしまった家族の姿だった……。という話。それはいったいなぜなのか、という謎解きなので、ミステリーってことになるのかな。びっくりするほどさっさと読めるし、設定に無理がある部分もあるが、総じておもしろかった。
☆3.5 イヤミス、という言葉を初めて知った!

イヤミス、アマゾンのレビューなんかでたまに見かけていて、どういう意味なのかわからなかったけど、調べてみてわかった。読後感が嫌~な感じのミステリー、なんだそうだ。わかってしまえばなんのこたぁないね。

朝から雨

今日は一日雨。しっかり降る時間帯もあった。雪ではないから何も困らなくていい。

1990年の3度目のネパールを振り返り始めた。
この頃は本当にネパールが好きで、山の方に住んでしまう方法がないものかと考えたりしていた。日本の人が開いたロッジがたしかエベレスト街道の割と下の方(でもルクラよりは上)にあったはずだ。理想だ、と思っていた。

まだ山には入ってないけど1990ネパールの①

旅の写真を見ていると、またネパールにも行ってみてもいいかなと思ったりする。でもメインのトレッキングルートにはもう入りたくない。人の行かないエリアであれば、元気ならば行ってみたい。腰が~、股関節が~とか言ってるなら無理だと思う(^^; もうちょっと状態がよくならないかな。
そしてコロナですな!

 

 『夜のジンファンデル』 篠田節子

かなり前、2000年をはさむ数年に書かれた短編集だった。少しホラーっぽいものもある。どれも面白かった。
中でも「恨み祓い師」がぞわぞわした。何十年経っても老婆のままで死なない母娘の話、周囲は妖怪じゃないかと疑い始め……。この老婆は自分の人生がいかに不遇で不幸であったかをひたすら話し続け、その恨みのパワーで生き続けているのだった。自分の母親が正にこういう感じなのでほんとにぞわぞわとした。団地を舞台にした「コミュニティ」も面白かった、今団地に住んでるし。
☆4 安定の篠田さん、今回もおもしろうございました

小説の中の婆さんは本当に不幸な一生を送ったらしいから、それを自分の娘に話してしまうのはまぁわかると言えばわかる。私の母親は本人は世界一不幸だと思っているのだけど、客観的に見るとそんなことないわけで。まぁもちろん、そういう理性の部分がすぽっと抜け落ちてしまってのことなんだとは思うけれども。
ただこんな風にして「自分の話を否定せずに聞いてくれる娘」を育てよう、囲い込もうとする「母親」は結構いるようだ。その対象が息子になることはあまりないのではないかと思う。親子とはいえ異性だから、息子にはいい顔を見せておきたいのかもしれない。
篠田節子には「長女たち」という小説もある。存外苦労されたのかもしれないなと思ったり(もちろん想像)。

明日は天気が回復しそう。洗濯しなきゃ。ではまた

子猫に会いに

7月に生後3か月でもらわれて行った子猫たちに会いに行ってきた。
わが家では、毛の色そのままに、茶ーちゃん、焦げちゃん、と呼んでいた2匹。焦げちゃんがいちばん大きく生まれ、茶ーちゃんはその次に大きく生まれた。どちらの子も元気いっぱいに育っていてうれしかったー。

 3か月頃の2匹

話に夢中になり、現在のお姿を撮るのを忘れたでござる。

今この写真を見ると、本当にまだ子供子供しているなと思う。今はほぼ大人の猫になり、たぶん母猫よりも大きいのではないかと。特に焦げちゃんは骨格もがっしりしっかり大きかったんだなと思う。父親の血を多く受け継いだのかな。
私たちに会っても恐らくはまったく覚えていない。母猫に会ったらどうなんだろう? わかるものなのかな?

 『船を編む』 三浦しをん
ずいぶん話題になった小説で、たしか映画かテレビドラマになったはず。見ていないけど。
辞書を編纂する話、というのは知っていた。長い時間、不思議なことに縁がなかった。ようやく読んだ。
☆4.5 いいです。辞書を開いてみたくなった

もう手元には日中辞典とか英和辞典とかしか残っていない気がする。大抵のことはネットで事足りてしまうけれども、それは味気ないことだなとあらためて思った。とはいえ「大言海」とか、読むかと言うとまだ先のことのように思う。

 『私が愛したトマト』 高樹のぶ子
短篇が複数入っているけど、私とは相性が悪いのか、さっぱりよさがわからず、読む気にもならずにすっ飛ばしたものもあり。いまいち。
☆2 文字が目に入って来ない感じだった

この作家も殆ど読んだことがない。芥川を取ったものだけは読んだと思うし、好印象を持ったような記憶があるのだけど。ちょっと残念だった。当分、「また」はないかな。

ではまた

 

ツキノワグマ冬眠しました

昨日、軽井沢町の広報メールでタイトル通り、町が追いかけているクマの個体が冬眠したとのお知らせがあった。
クマの冬眠がお知らせされる! 何とも微笑ましい。

5日に軽井沢に戻り、今回は1泊だけで昨日こちらに。
西回りルートで戻って来たのだが、甲府から先は雪になっており、特に御殿場から入ったR246が大渋滞で参った。ノーマルタイヤで出るなとあれほど言われているのになぜ出るのかな~。というか南関東に住んでいる人は、スタッドレスに交換したりしないのだから、基本はみんなノーマルなんだろうな考えてみれば。

渋滞のせいで着いたらもう真っ暗だった。今朝になって見たら、家々の屋根が真っ白。道路はもう完全に解けている感じだった。

いただいていた年賀状を回収。
今年も私のなまけ病により年賀状はお出ししておらず、申し訳ありません&早々のご挨拶をありがとうございます。

年賀状って両者が同時に書いてるから、こっちが「娘さんは高校何年生だっけ?」なんてうっかり書いてて、向こうから「娘は○○大学に通ってます」なんて来ると「あちゃーしまった」と思ったりすることがある。先にもらうと、それに対しての返事も書けるし、なんかこのタイムラグっていいなと思ったりするんだけど。まぁこっちが後出しじゃんけんなんだけどね(^^;

昨日、通り道にあったラーメン屋に入ると、話好きのおばさんが「どこからですか、寒いですね、雪はどうですか」と立て続けに。野辺山は雪がなかったと話すと「箱根はもう積もってるって」と。それはいいのだが、注文した後も、料理が来てからも、ちょこちょこ話しかけてくる。
何でも以前は横浜とかそっちにいたらしく、今の場所(山梨県)が寒くて不便でと。こちらが今から神奈川に、と話したのでスイッチが入っちゃったらしい。挙句、
「うちは国民年金だから、贅沢できないし……、月6万でしょ……」
と、お宅は違うんだろういいですね羨ましい、って感じなんだけど、その話、今ここでする? ウチだって国民年金だよ、しかもまだ片方は支払ってる立場なんっすよ。いやそもそも客がご飯食べてんのよ?

という面白い(しかしもちろん二度と行かない)店だった。
私がトイレに行っている間に夫には、亭主の女遊びが酷くて苦労したと愚痴ったそうだ。もう、商売投げちゃってるのかもしれないけど、知り合いならともかく初めて来た客にこういうのはないわー。

と、愚痴ったところで過去旅しごと。
1989中国の旅のラストです

ようやくこの旅の時の日記を探し当てて持ってきたので、宿の値段とかを補足したりした。それにしても日記を読み返すと、きれいさっぱり忘れていることの多いこと多いこと。やはり記録は付けておくべきだなと思った。ただ、一人旅だと時間を持て余すので日記を書くのだが、二人旅になると時間が紛れ、疎かにしてしまう。これは今もそう。過去のことはどうしようもないが、今後は記録を残すように努力したい。

 『漁師の愛人』 森絵都

短篇が3つ、中編が2つ、の作品集。短篇3つはそれぞれがプリンを題材にしたもので、一人称ではなく二人称で書かれているのが面白い。特に「ア・ラ・モード」がおかしくて笑ってしまった。中編2つは恋愛小説、どちらにも震災が絡み、どちらも薄明るい希望が見えたところで終わる。
☆4 読みやすく、巧みな文章だと思う

ではまた

よく晴れる

新年を迎えてからずっと晴れが続いている。気温は低くなっているが、晴れれば団地の部屋は暖かい。日中は暖房なしでいける。まぁこれは軽井沢でも、晴れさえすれば暖房なし、ということもできなくはない(でも圧倒的に気温が低いので……)

高台にある団地なので、富士山の頭もちょこっと見える。尤もこれは海とは反対側の窓で、しかも身を乗り出してやっと見える程度だけど。
私は丹沢の向こうに富士山が見える場所で生まれ育った。小学校も中学校も校歌には当たり前のように富士山があった。ここは距離が近くて丹沢とは別の山の向こうに富士山があるように思う。丹沢は北側にあり、富士は西だ。
浅間山もきれいだし、高原の夏は過ごしやすい。冬はちょっとな~・笑 23年ほどは頑張ったのでそろそろ脱出してもいいかと思った(^^;

もちろん、できればタイに行って「暑い暑い」と騒ぎながらビールとか飲んで暮らしたいですが。それは少なくともこの冬は無理ということで。

過去旅しごと。
重慶~長江下り 1989.10-12中国の10

 

 『ナニカアル』 桐野夏生

林芙美子の評伝、かと思ったがどうなんだろうフィクションなのかな。
戦時中、多くの作家が徴用されて戦地に向かい、戦意高揚のための作文をさせられた、そんなころの話。林芙美子はマレー半島やジャワ島に派遣されたそうだ。夫がある身で大不倫をしており、それが軍部にばれていて他の女性作家よりも明らかに待遇が悪い。正体不明のお付きの兵隊や憲兵などなど色々出てくるが、林芙美子は無事に帰国し夫にばれないようにこっそり出産、その子を「貰い子」として育てるのだが……、というような話。
どこまでが史実なのかよくわからなくなった。不思議な感じだ。
☆4 買ったきり置いてある『放浪記』を読まなきゃなー

 『落陽』 朝井まかて

明治天皇が没した後、お墓は京都に作るとして、東京にも何か作らねば! ということで明治神宮が作られたんだよ、という話だった。
そうかそうか、そこまでは天皇は京都にいたんだよなとか、皇居ってよく考えてみたら江戸城だったのね、とか、明治神宮の辺りはただただ広大無辺な荒地だったのかとか、そういうことの勉強にはなった。
しかし惜しい惜しい惜しい。帯と中身が全然一致しない。「いざ造らん、永遠につづく森を」と謳うならば、森を作る話に集中すればよかったのに。三流新聞記者を狂言回しに使った理由がまるでわからない。資料が足りないのか、天皇を書くことに臆したのか、だから天皇、世相、森を細切れに切り貼りしてしまったのかな。「細切れ切り貼り」をもっともらしくするために、「ずっとそれだけを追いかけているわけではない」新聞記者の目から見た、ということにしたのか。説明ばかりでさっぱり何が書きたかったのかがわからなかった。伝わらなかった。
☆2 書き出しがよかっただけに残念さが増す

明治神宮って、神社で結婚式場、というイメージしかなくて、それが明治大正の頃は荒地で水も殆どなく、木が育たない場所だったとは。そして全国からの献上苗を植えて壮大な森を作ろうとしたのだという。その時作られた森は、今ある森と同じなんだろうか。戦災に遭ったのではないかと思うが。

ではまた

西友に救われた

天気もいいし散歩に出かけて歩いていたら、無視できない不穏な気配が自らの腹から漂い出し……。こうなると途中でどうこうはできないので、一心に最も近場のトイレであるスーパー西友を目指す。幸いすぐに到着し、助かった~。
油断してジーンズで出かけたのがまずかったのかな? 高原に比べ暖かいとはいえ冷えますよね、気をつけましょう。

気をつけるべきは私だけか(^^;

コツコツと過去旅のしごと。
大理へ~1989.10-12中国の8
大理、沙坪、ベルリン~1989.10-12中国の9

なかなか先へ進まなくなってきた。89年3月のネパールなんか1か月ちょいを1つで収めたのに。書き残したものがあることと、写真を少し撮っていることでずいぶん違う。

 

 『燃えよ、あんず』 藤谷治

久しぶりの藤谷治。タイトルと変な装丁に一抹の不安を抱きつつ。あと帯が激賞すぎてこれもちょっとかなり不安を煽った(^^;
旧題「ぽんこつたち」というらしい。下北沢が舞台で、ここで変わった書店を営む主人公夫婦と、書店に出入りする各種ぽんこつの皆さまが繰り広げる、おかしくも悲しくも美しい愛と友情の物語。藤谷氏は下北で書店を営んでいたはずだが、もう畳んでしまったのかな。
☆4 イライラしたり、腹黒い奴にムカついたりもするんだが、とにかく大団円に向かって収斂していくいい小説だった

下北沢は私の生家にも近いけど不思議と縁がなかった町。演劇とか音楽とかやる人にはすごく魅力的な場所みたい。そういや変な演劇を観に行ったことがあったなぁ、劇団、劇団、えーと、空間演技? 違うか? 30年以上前の話。
世田谷通りの狛江から三茶とか、そのへんから環七を通り越してからの環八とか、懐かしい風景がこの本にもたくさん出てきた。前に読んだ『花のようする』といい、実はこのへんに住んでるだろ藤谷氏?

 『邪教の子』 澤村伊智

初めての作家。
邪教という言葉に魅かれて借りてみた。ミステリーなのか何なのかよくわからないんだけど、つまらなくはない、けど最後のそれはちょっとなぁ。それが「驚愕」とか「戦慄」なのか? いや全く、「へ?」と思っただけだった。
☆2.5 催涙ガスで数百人が都合よく失神し、全員無事に蘇生するなんてありえるのかねぇ ひたすら苦しみ悶えるんじゃないかと想像

 『無垢の領域』 桜木紫乃

2013年の作、直木賞受賞前。
釧路でひっそりと暮らす人々の前にある日不意に現れた25歳の女性。彼女は幼女の心のまま成人してしまった、一人では生活ができない人だった。その無垢なる彼女の言動が、少しずつ周囲の人々に波紋を広げてしまう。というような話で、この作家独特の鋭く深い心理描写がこれでもかと続き、市井の人の悪意や憎悪が立ち上ってくる。
☆4.5 この人も本当に只者ではない作家だと思う
あと、こっちの方がよっぽど最後に「驚愕」し「戦慄」したわ。

と、そんなこんなの毎日。暇なので本ばかり読んでいる。あとは過去の旅を改めてまとめてみたり。
ちょっと薬が強すぎるように感じるので、独断で少し小さくして貼ってみている。今のところ変化は特にはない。

ではまた

 

初日の出

 

本日の日の出 神奈川県の西湘辺りから

一夜明けて2022年のスタート。
今年は全世界的にコロナ収束の年になると期待している。
そうなってほしい。そうなると思う!

初日の出なんて、いつ以来なんだろう。もしかしたら人生で初めてかもしれない。記憶にない……。
東京の生まれた場所も東側は団地などで塞がっていたから、夕日を見た記憶はたくさんあれど朝日はない。どこかまで見に行くというほどの家族じゃなかったし、きっと初めてだと思う。
この年齢にして、うれしい♡

本日はよく晴れて遠目に見える海も凪いでいるようだ。午後近所をぐるっと一回り。丘陵地を切り開いた場所なので、まっすぐな道が全然ない。まだまだ土地勘もないが、迷うことはなさそう。どっちに行っても必ず坂、というのも面白い。まだ足というか骨盤の辺りに違和感があるので少しだけ。

よい1年になりますように。

小雪が舞う大晦日

今年ももうすぐ終わる。昨年ほどではなかったにせよ、コロナとの縁は切れなかった1年だった。今も新しい変異株が流行し始めており、嫌な感じも少しする。だが、少しだ。帰省客で新幹線の乗車率が130%を越えたりもしているそうだ。それでいいのではないか。今以上に出来ることなどないだろうし。
玄関を開ける時にはマスクをしていなければならない、こんな生活が早く終わればいいなと心待ちにしている。みんなそうだよね。海外にも自由に行きたいし。来年の夏を過ぎれば、少しずつ変わっていかないかと期待している。夏というのに根拠は別にないけど(^^;

四半期決算もやらないと。そして来月半ばを過ぎたら確定申告の諸々が待っている。今年はそこそこ頑張れた1年だった。来年はどんな風が吹くのだろう。

そんな今日、海に近い神奈川県の町でも小雪が舞って驚いた。風が強かったから、山の方から雪雲が飛ばされてきたのだろう。
一昨日に買い物に行ったところ、帰り道で急に股関節が痛くて歩けなくなった。自分の股関節が弱いことは知っていたがこんなことは初めてで驚いた。今日はおそるおそる行ってみたところ、前回より距離を短くしたせいか戻って来られた。

過去旅しごと。3本新しいのがあるので、1本だけ。そこから次へ次へとたどれまする。
カンランパへ~1989.10-12中国旅行の5

本当にこの頃の中国は面白かったし、物価がびっくりするくらい安くて旅行者にはありがたかった。

 『星落ちて、なお』 澤田瞳子
今年上半期の直木賞受賞作。この人の作品を読むのはおそらく初めて。
時代物で、明治から大正にかけての画家の話だった。格調高い文章に時々ページが進まなくなるほどだった(^^;
☆4 淡々とした小説だった

 『インドクリスタル』 篠田節子
借りようかどうしようか迷ったのは今どき珍しい上下二段組だから。ぱらっとページをめくったら「ブバネーシュワル」という地名が目に入り、借りてみようかなと。ブバはインドのオリッサ州の州都で、このすぐ隣の街に寄ったことがある。話はとても長い、鉱石を探す日本人と行く手に現れる食わせ物のインド人たち、の話。男尊女卑やカーストや先住民族や政治やNGOやいろいろ盛沢山。インドを知っていても知らなくても楽しめそう。ちょっと船戸与一を想起させる。でも主人公は死なないからご安心を。
☆4 それにしても長いっす

ロレックスをはめたNGO野郎が出てきて面白い。私はNGOとか基本的に信用してなくて、フェアトレードなんかはまるっきり信用していない。今はどうか知らないが、20年くらい前のこれらはほんと酷かった。バングラのダッカなんて、リキシャ蹴散らしてすっげぇランクルが来た! と思うとまず間違いなくNGOの看板を背負ってる。NGOのくせにそこらの貧民にめちゃくちゃ見下した態度を取ってる。フェアトレードですと謳っている商品の仕入れ先は私のよく知るただの土産物屋の店主で彼はそのへんのものをただ送っているだけ。最近ではコーヒー豆を普通の市場でめちゃくちゃぶっ叩いて買い付けてる奴が後で調べるとフェアトレードを謳ってネット通販してたとか、そういうことがたくさんあった。貧しい村に学校を建てる詐欺とかもあったなぁ…。
自分が見聞きしたものしか信じない。ちょいと狭量に思われるかもしれないが、ネットにあらゆる種類の情報が氾濫する今、他人の言うことなんか信じない、という姿勢も生き延びるために肝要ではないかと思ったりする。

などという話の後で何だけど、

2022年が皆さまにとりよい年になることをお祈りしています

ではまた来年

寒波の軽井沢から

昨日戻ってきた。軽井沢に向かったのが土曜の夜だったから、ちょうど寒波と一緒というか。軽井沢に入ると-6℃の表示。翌朝起きると-11℃だった。
わが家から離れない三毛の梅さんがいるところに、黒っぽくでかい猫が押しかけているのがカメラに写り、その後でかい猫は立ち去ったようなのだが以後36時間以上梅さんの姿が確認できない。心配になってしまい、様子を見に行った。

梅さんは元気で外にいた。後でカメラを確認すると、私たちが到着する20分ほど前にわが家に来たらしかった。でかい猫の姿を見て、近寄らないようにしていたのか、そのへんはわからないけど、まぁよかった。
夫の歯科の予約もあり、梅さんの餌をたくさん置き、3泊してまた海の近くに戻ってきた。

過去旅しごと。
シーサンパンナへ~1989.10-12中国の旅④

旅の間に日記を付けていたのだが、今回軽井沢で探したところ見当たらないものもあって、その中の1つがこの時の旅。1人で旅していた時には絶対に付けていたのになぁ。どこにあるんだろう……。
あともうひとつ不思議なのが、昨年せっせとデジタル化したはずの画像が、これも一部がないというか、やっていないのか? 見当たらない。デジタル化はかなり前に一度やっているのだが、その時は「よさそうな写真」を選んでやったと思う。そこから漏れたものの中にも使えるものがありそうなので、昨年2度目のデジタル化をしたはずなんだけどな。記憶も曖昧だし、ダメだこりゃ。

 『小説8050』 林真理子
林真理子、好きでも嫌いでもなく、けれど殆ど読んでいない作家。過去に読んで覚えているのは『家族旅行』くらいだ、これは割とよかった。
で、これだけど。
そもそも、8050の話ではない。このまま行ったら8050になりそうな5020の話だ。登場人物が全員これでもかというくらいにステレオタイプで辟易する。
☆2 こんなにつまらない小説を書く人だったかなぁ

 『ひそやかな花園』 角田光代
非夫婦間体外受精によって生まれた子どもたちの話。全員が「父親が誰だかわからない」境遇の子どもたちが、幼い頃に一時期親同士のかかわりの中で一緒に夏のキャンプに出掛け、その後そのキャンプはなくなってしまう。十数年後に彼らはかつての友だちを探そうとし始めて……、という話。父親探しの話というよりは、一人一人の子どもの人生そのものがテーマだと思う。
☆4 希望の見えるラストでよかった

 『カケラ』 湊かなえ
うーーーーん。どうもこの人とは相性が悪いのか、今まで一度もいいと思ったことがない。これはその中では一番よかったのだが、結局、主人公がなぜ死ぬのか、なぜ美容整形外科医がその謎を追うのか、よくわからなかった。出てくる人のキャラが立っているようで立っていないのも気になった。皆が皆、極端なんだよな……。
☆3 独白ものは疲れるな

 『ひとたびはポプラに臥す』1と2 宮本輝
宮本輝! たぶん四半世紀とかもっとぶりだと思う。「泥の河」「優駿」このあたりで自分の中では終わっていた(^^;
この旅行記も知ってはいたが手に取ることはなかった。1995年のシルクロード旅行、編集者、カメラマン、秘書、息子などの大部隊でガイド通訳を連れて専用車での移動だ。それを「しんどい苦しい」と大げさに語られてもなぁ……、という気持ちをずっと持っていたと思う。
今読んでみると、けっこう本音で中国人特に漢族に文句をばりばり言っていて面白い。その点はすごくわかる、共感する。ただ私は関西弁が苦手で、特に文字化された関西弁は嫌なのね、そこがちょいと。関西弁を文字で書いて許せるのは開高健と高橋和巳だけ。思いっきり偏向している。
☆4 写真を見たくて借りた、ここに写っている中国は私の記憶にも近い

旅行中、一行は「大盤鶏」という料理ばかりを食べていたという。私は食べたことがない。おそらく飯屋のメニューの中で一二を争う高額料理、そして数人で囲むのが当然のものだからだと思う。
トイレが汚くて入れない、という記述が何度も出てくる。これもどうかな、私ならどんなに汚くても用があるのなら入るしかないと考えるし実際そうしてきた。「汚くて入れない」なんて言うのは、どうにかなるからじゃないかな。大体オトコの方がだらしないんだけどね(^^;
それと、公安や兵隊やそういう人間が賄賂を公然と受け取っている、という描写も何度も出てくるのだが、私は見たことがないような……。あったっけかな。むしろこういう人たちに親切にされた記憶しかなく、いや私が記憶を美化しているのか? そのへんはガイドがいるからむしろ見えてしまうものなんだろうか。そんなことを考えながら読んだ。

今日、買い物に行くと車が渋滞していた。年末休みに入っていることを実感。今年は帰省する人も多いようで、それはそれでよいことだと思う。オミクロン株とやらも感染力は強いものの毒性はさほど強くないという、ウイルスの正常進化が確認できそうなものらしいし。こうしてコロナも歴史の1ページに、早くなるといいと思う。
ではまた