昨日の朝成田に降りて、午後早い時間に帰宅した。駅前にタクシーがいてくれて助かった、いないと電話で呼ばないといかんので。
バンコクから北へ、チェンマイまでローカル三等列車でゆるゆると北上。途中のナコンサワン、ピサヌローク、ランパーンで泊まりながら。
チェンマイでは顔なじみに会って話をしたり、買うかどうしようか迷ったけれどおそらくこれが最後のチェンマイ詣でになるだろうと思ったので、手織りの生地を60Mほど買った。価格の上昇もさることながら、とにかく円が弱いです……。
顔なじみで、英語と中国語が通じることで界隈で最も話がわかる人から、友人Jの死を知らされた。
6年も音信不通で友人か、と思われるかもしれないなぁ。知人としておこうか。
布好き、美しいもの好き、の、心根のやさしいゲイさんだった。今回も、インドネシアのマドゥラ島のバティックで作った服を着て行って自慢しようとしていたのに。彼なら絶対、「それ素敵~、どこで買ったの? どこのものなの? マドゥラ島ってどうやって行くの???」と、再会の挨拶もそこそこに矢継ぎ早に訊いただろう。生きていれば。そう、生きていればね。
半月ほど居候させてもらったこともある。料理も上手だった。お父さんが銀細工の仕事をしていたっけな。お父さんより先に逝ってしまったのかな。
連絡先も知らない、いつの間にかわからなくなった(携帯が変わったりメアドが変わったりあるでしょ)。でもチェンマイのワロロットに行けば彼はいるから、心配したことがなかった。私より7~8歳は下だったと思う。
最後に会ったのは2020年3月上旬。飛行機がキャンセルになって、帰国の方法を模索していた時だ。ワロロットの果物屋でマンゴーを買うかどうするか考えていたら、店の人が「あんたを誰か呼んでるぜ」と教えてくれて、振り返ったら通りの車の運転席からJが身を乗り出して「ヤマネ~! 何やってるの! いつ来たの!」と叫んでいた。後ろの車にクラクションを鳴らされるまでそこで立ち話をした。あれが最後になった。
彼がいなくなったということもあるが、おそらくチェンマイにはもう行かないんだろうなと思ったというかわかった。これが最後なんだなと思いながら歩いた。
中国人は嫌いではないむしろ好きであるが、中国人を見たければ中国に行く。タイであまりにも多すぎる中国人に辟易したくはない。というのもあるかな。自分も立派な外国人のくせに、外国人が嫌いなのだな結局は(笑)
ということで、無事に戻ってきています。
今回、旅っていうか、どちらかというと日本の現実から物理的に距離を置きたい、一度クールダウンしたいと思って出かけたので、それは「できたな」という感じです。でも眠剤は逆に現地では増えまくりまして、不思議なことに、普段の5~6倍のんでたかも。不思議ですねぇ。ほんと人体って不思議です。
頭の中がすこし整理されたので、また普通に生活していこうと思います。
すごいことに今回ちゃんと旅日記を書きました。一回目はこちらです
ではまた
『再婚生活』 山本文緒
『シュガーレス・ラヴ』 山本文緒
この2枚をドッキングする
やっぱ微妙にずれてる気がする
畑脇で咲く白いアヤメ
別の場所で1つだけ生き残っていた青いアヤメ
しっぽ直角の梅さん
私のベッドで幸せそうに寝る梅
寒いので毛布の下にいる梅