梅雨明け

6月中に明けるというニュースも一時はあったけれど、結局ここまで長引いた梅雨。とはいえさほどたくさん降ったとも思えない。今年は雹もなかったし。

梅雨明けと同時に夏休み、明日からは3連休。
ぼーっとしている間に夏が終わりそう(^^;

またまたさぼっていたアップの仕事を本日すこし。
いろいろ考えるとできなくなり、先延ばしにしてしまうのが悪い癖。
あまり考えずにやっていきたいと思いつつもこれが案外難しい。

春秋航空からハルビン線の広告がしょっちゅう来る。
ハルビンか~、昔行こうとしたなと思い出す。地図を見てみるとけっこう北の方にあるんだな。チチハル、ジャムス、牡丹江、黒河などなど、その時行こうとした地名が並んでいる。旧満州、現在は中国東北部と呼ばれる地域。89年に出発地の大連で頓挫してしまった旅を、やり直してもいいかもしれないなと地図を見ている。不思議とそれきり、一度も行こうとしなかった。
大連やハルビンは意外に近い。ただそこから奥へ行こうとするととんでもなく遠い。

週末は選挙。
静岡の某所では大学の卒業証書を捏造してしまった市長が嘘の塗り重ねに必死だ。もう無理なのに。あきらめろん。しかしこういう、鉄面皮っていうのか、強弁し続ける人が増えているような。どっかの知事以降。
私の卒業証書はどこにあるんだろうか……? 思い出せない(^^;

明日も晴れて暑くなりそう。ではまた

 

 

肌寒い・通院

この何日か天気も雨または曇りで気温が低い。今日の最高気温は23℃。涼しいを通り越して寒いくらいなので長袖を着ている。

昨日、今日と病院通い。昨日は術後半年ごとの定期検査で、無事に通過した。これで3年が経過したことになる。今日は内科の3カ月ごとの通院で、やさしい女医さんと語らっていつもの薬を出してもらった。

昨日、最初にマンモで(やっぱり痛かった)次がエコーだった。エコーの技師さんが来るのをベッドに仰向けになって待っていた時、不意に、

あ、今日たしか持って来なければいけないものがあったのに!

と思い出して焦った。ドジった。前の病院から「これを持って行くように」と送られてきたものがあったのに、まるっきりすっかり忘れて手ぶらで。
検査後に受付で事情を説明して平謝り(^^; その後診察前に時間がかかったのはきっとそのせいだと思う、データがない! すみません。
今日は今日とて、予約は2時だったらしいのに1時半だと思い込んで20分前に突撃しており、受付の人に「だいぶお待ちいただきますが……」と。昨日忘れたものを外科に持って行ったら誰も居なくて、医者らしい人に声をかけたら連れて来られたのが内科の受付の人で、私すっかり「変な人」リストに載ってしまった気がする……。

こういうドジをするようになったのだ!
深く反省。

そんなこんなの毎日です。

 『地図なき山』 角端唯介
北極探検なんかをやる探検家のルポルタージュ。地図がない状態で自然と対峙する、ということを日高山脈で数年にわたり実践した話だった。
沢登りと釣りがかなりメインなので、どちらもまったく知らない私にはその面白さが伝わりづらかった。それと、どこかで連載をしたものらしく、その字数の関係だろうか、思索を表現した部分がかなり多く繰り返し出てくるのがちょっとつらかった。
☆3.5 探検する場はもうほんとないよね……

ほぼすべてのモノが「作るより買う方が安い」、我々は作ることを忘れてひたすら買い、消費する。買い物をすることが生きることになっている。というようなことが書かれていて、そこは共感。日産の神奈川の工場が終わるのは経営の無能が理由かもしれないが、すべての「目に見え手に触れられる何かを作る仕事」はもはや死に体ではないかと、町を車で走っていても感じる。作るより買う方がはるかに安い。売られているものより安くよいものを作れば人は買うが、そうでなければ買わない。人件費がタダ同然の場所で作られたものと価格競争などできるわけがない。あほらしいやってられるかとなる。でも先行投資してしまったもの(機械や原材料)があるから(仕方なく)やっている所も多いだろう。そんなものづくり業界で、賃上げなんて……(できるわけないだろう)。つまりもう詰んでいる……。
そして、人件費がタダ同然の場所はどんどんなくなりつつある。当然すべてのものは高くなる。その時世界はどうなるんだろう。

 『銀の夜』 角田光代
2000年代半ばくらいの時代の話。私立の中高一貫校で同級生だった女子3人が35歳になって……。それぞれ悩みを持ち葛藤し、そしてある出来事をきっかけに新しい一歩を踏み出していく、そんな話だった。
実はこれ、再読。前に読んだときの感想を探したが、記録していなかった(^^; その時はつまらなかったのかもしれない(^^;
☆4 あとがきが面白かったです、そんなことってあるんだね!?

「〇〇ちゃんは何になりたいの?」と、作中で糞マウント男が画家志望の人に問いかける。こいつほんとくそ野郎で! こういう男いっぱいいたわ! と思い出してしまうくらい、今はわからんが昭和や平成初期はこういうのいたな。
それはともかく、30代、せいぜい45歳くらいまでなら、「〇〇になる」というふうに人は思えるものかもしれないなと思った。私の今の歳だと、もはや「今から何ものかになる」なんて思うのは無理で、変態しそこなって何か珍種になっちゃった自分がここにいる、って気がする。次はちゃんと(笑)。

ではまた

蒸し暑い

午前中にルピナスの苗を庭に植えようとしたら、その前にはびこる雑草(ワイルドストロベリーとヒメツルニチニチソウ)を何とかしないといけないことに気づき、夫にも手伝ってもらって2時間ほど作業。

 何とかスペースを空けた

 すももの下も
ひたすら雑草を掘った

軽い熱中症になったようでソファで休んでいたら梅さんが当然のように胸の上に乗って来る(=^・^=)

 今日の畑

 ズッキーニ
根元が太くなってしまうのはよくないと思う。受粉不良かな?

 ナスも元気
枯れた葉は取りましょうね(^^;

 春は菜の花秋には桔梗♪
夏ですけどね

 だいぶ前の写真
ユスラウメを酢と砂糖で漬けた

 これもだいぶ前
外しごとの道具入れのポケットを縫った時の写真。ハサミなどが取り出しやすくなった。カゴは昭和の時代の買い物かご

 たまには仕事の写真
竹のものさしがいちばん使いやすい

 切り分けた

 28枚接いだ
生地はインドの西の端っこ、グジャラート州カッチのアジュラク

何で接ぐのかわからないですよね? わかりづらいけれど、1枚1枚をよく見ると、台形になってます。正確には幅11.5cmと4.5cmが底辺と天辺の台形。何でこんなことをしているかというと、大きな、カーブしている台形(のようなもの)を作りたいから。単純に長方形2枚を縫い合わせるよりも、天辺は小さく、底辺は大きく、なるからです(わかるかな~)。

 下仁田の近くだったかな
上信電鉄ですかね?

 『緊立ち』 乃南アサ
乃南アサといえば最近だと北海道を舞台にする長編小説が記憶にあるんだけど、最初にこの人を知ったのは直木賞を取った『凍える牙』という警察ものだった。
警察という男社会の中で働く女性2人が主人公。片方は人の顔だけでなく様々なことを「写真を撮ったように」記憶してしまう特殊能力の持ち主。特別なことといえばそのくらいで、淡々と仕事と家庭の間を行き来する日々が描かれる。
☆3.8 安心の乃南アサだった

昨夜、きゅうりを生で一かけら食べたところ、口の中や喉が痒くなり、腫れた感じが少しあった。花粉症が酷い時にそれに近い感じになることがよくある。
何だろうと気になって調べたら、イネ科雑草の花粉症がある人は、ウリ科で口腔アレルギーが出る確率が高いんだって! まじかよ~。そういえば5月か6月にメロンを食べたらかなりイガイガが強かった。ただメロンは昔から少しそういう感じはあったのと、その時はまだイネ科花粉症真っただ中だったから、そのせいかなと思っていた。
ウリ科と言えば、きゅうりとスイカだ。どちらも好物なので困る。メロンは我慢できる。まぁしばらく様子見、ときどき食べたりして確かめたい。

今夜から雨になる予報。ではまた

 

 

庭しごと、午後夕立

昨日は母の顔を見に行ってきた。4月に中国から戻って以降は頻繁に出かけている。今のところ回復傾向で、食べること以外は入院前とほぼ同レベルまで。
ほんとに昭和1ケタは強いと思う。
その後ちょっと藤岡方向に行ってみて、農協みたいなところに寄ったらナスが激安だったので買った(^^; ウチはまだ出来ないので。大豊作みたいですな今年は。道を走っていると畑をたくさん見かけるが、確かにナスが鈴なりの所が多かった。ウチのも元気、最初の1個が明日あたり取れるかな。
きゅうりを摘心した。

今日は朝のうちに庭の手入れ。道から見える辺りの草削りやら。店や工房の前にあるエリア、今は店はやっていないし、腰を悪くしているから工房にもとんと立ち入っていないのだが。もう少ししたら苗を作ったルピナスを植えようと思っている。28.2℃と暑くなった。

午後は工房(縫製の)で作業。仕掛かっていた例の28枚接ぎを完成させた。
それからジャワ島の更紗で1点仕掛かった。今日は何で始めたかは忘れたが、「寒水魚」の歌姫で終わりにした。いや今調べて思い出した、「根雪」で始めたんだった。4枚半くらい。前にも書いたけどデザインなど考える時間は無音。頭のしごとは無音、手のしごとは音楽付き。
「仕掛かる」は製造業の経理で出てくる言葉、年末には厳密には棚卸をして完成品とか原材料のままとかなるわけですが、製作途中のものは「仕掛かっている」ものとして計上しないといけない。私の場合はないけど(作りかけて年をまたぐことはない)。

 『九人のレジェンドと愚か者が一人』 本城雅人
プロ野球の試合中に起きたロッカールームでの泥棒事件。犯人とされた球団関係者は失意の内に野球界を去り数年後に事故死。彼は本当に犯人だったのか。
って話なんだけど、いや~つまらなかった! 着想としてはあると思うのだけど、この仕立てにするか? まじつまんないんだけど、長いだけで? って思ってしまいました。
☆2 私憤私怨のために自分の会社に巨額の損失を負わせていいの?

2冊続けてハズレを引いてしまった。次に読み始めたのは乃南アサだから大丈夫だろう(^^;
ではまた

 

暑いですね

最高気温28.2℃だったらしい。30℃を超えなければまぁまぁ普通に過ごせるが、暑いことは暑いです。

山本君のピッチングを見るか。と見始めたらあっという間に降板となってしまったので見るのをやめて畑のしごと。今日は夏野菜類に追肥をして草削りつつ肥料混ぜ。通路のマルチの縁にまいたので。あちこち草削り中耕。小一時間でギブアップ。

工房で、赤糸がかかっているから赤い布、と探して数年前にグジャラートで買ったアジュラクを探し出した。何を血迷ったか、ガーグラーという接ぎ接ぎを作ることにし、さらにおかしな計算で導き出した答えから28枚接ぎということになってしまう。そんなつもりはなかったのだが。
ロックミシンで全部接いで、直線ミシンで押さえる作業。CD軽く3枚はいけます。ちょうど1に戻った翌日でこの頃のLPは40分くらいと短めなのもあるけど。

夕方、畑に水やり。昼頃にブルーベリーの挿し穂を作ったのを思い出して小さいポットに挿しておいた。
道路から見ようとすれば見えるエリアの草削りも少しやった。春から作ったルピナスの苗もそろそろ植えられそうなのでそのうちに。

復調傾向。体は元気なんだけど。
ではまた

すっきりしない天気

朝起きると濃霧だった。降ったりちょっと晴れたりまた降ったりの一日。
気温は27℃ちょいだったようだが蒸し暑かった。

しばらく販売課の仕事をさぼっていた。そろそろいくらなんでも、と、1点だけ上げてみた。すると、開店していたはずのもう一つのハンクラサイトも休業中になっていたことが判明……。
一体いつからそうなっていたのか記憶がない。母のことでバタバタしていた時期に、気持ちの負担になるようなことを避けてそうしたとは思うのだが、その後落ち着いた時に戻すことを忘れていた。自分の店は開いていたからてっきり他も開いていると思っていた。
動かないな、とは思ったけれど、新作を上げなければこんなもんよね、と妙に達観していた。
ということでそちらも開店状態にした。

ではまた

今日も激しい雷雨

浅間山方向でのゴロゴロから始まって、午後遅くには土砂降りになった。一度止んでまた降り出し、けっこうな雨量になったと思う。警報も出た。
畑ではきゅうりとズッキーニの収穫が始まって、今年は今のところ順調。ミニトマト、ナス、はまだこれから。ピーマンは2個くらいとったかな。ここは何もかも遅いので、まぁこんなものです。

朝メールを見ると、「いつまで休んでるのか!」というハンクラサイトへのメッセが届いていてびっくりした。新作は出してないけど? と思いつつ確認しに行くと、確かに休業中だった。
一応、再開しておいたが、たぶんその人は買わない。そういうもんです。
それにしても自分のボケぶりも大したものである。

母の様子も超低空飛行ながらも一応の安定を得ており、1週間くらいならどこかに行っても大丈夫かといろいろ検討したりしたのだが、どうも最後の最後で航空券を買う一歩が出ない。昨年からずっと同じことを繰り返している気もする。無理にでも買えば行くし行けるだろうが……。ぐだぐだ。
通院の予定や、夏休みに入ることもあり、当分はお預けにする。

やっとこさっとこ中国に戻ってきました。龙邦というレアな国境を越えてみました(・∀・)
2025中国&ベトナムの旅9

こういう国境越えがほんと好きだな~と、振り返りながらあらためて思う。国境越えに限らず、誰も行かないような、それは行く価値がないと思われるような何もない(今の人にとっては”映えない”?)、そもそも検討すらされない場所こそがおもしろい。

ではまた

ときどき雨

激しい降りではないが、ときどき雨が降る一日だった。ゆすらうめを収穫。今までで一番たくさんとれた。なぜか鳥が来ないのが不思議。

ダライ・ラマ14世が「ダライ・ラマの転生制度は続く」と発言したとネットニュース。10年とかもっと前かもしれないが、転生制度(というかシステムというか)は自分の代で終わりにすると言われていたと思うのだが、考えが変わったということなんだろうか、詳細は不明。
チベットの活仏は転生する、らしい、そういうことになっている。活仏が亡くなると高僧たちが占いをして、大体の方角が決まり、転生した子供を探しに行く。条件に合う複数の子どもが集められ、その中で最も転生前の記憶を残している者が選ばれる。つまり亡くなってすぐではなく、少なくとも数年の時間がかけられる。今の14世は13世の持ち物を「僕のものだ」と言ったんじゃなかったかな……。集められた子の中で最も聡明な子(その場の空気を感じ取り自分のすべきことを理解できる)を選ぶ、ということだと私は理解しているが。もちろん健康も大事な要素だろうし。
14世が世を去る日はいつか来るわけで、その時にはかなり混乱するのだろうと思う。転生者が自治区外で見つかるシナリオにするしかないと思うが、さてどうなるのだろう。

補足* 活仏だけではなくチベット仏教ではすべてのものは輪廻転生する。だから30年40年前まではチベット人は来世もまた人に生まれるようにと祈っていたと聞いている。現代はわからない(現世利益の追求にも向かっているかも)。

 『地の漂流者たち』 沢木耕太郎
著者の最も初期に書かれたルポルタージュが6編。1970年代初頭のものばかり。ザ・70年代であり、ザ・団塊の青春時代。文体は硬いけれども50年後の今読んでも面白い。川崎が若者の街だったとか、その頃の若者たちも今と変わらずさっさと転職しては雇い主を嘆かせていたのだとか、そういうことが面白かった。

 『我らが緑の大地』 萩原浩
植物には知能があり、自分たちの間での伝達機能も持っている。地球上の有機体の重さで言うと植物が99.7%を占めるのだそうだ。そんな植物たちが人間の横暴に怒り、地球を取り戻すべく蜂起する……、そういう話だった。
蘊蓄的なものはそれなりに面白かったが、小説としてはぐだぐだでリアリティにも迫力にも欠け、ホラーなのにまるで怖くないっていう……(-_-;) 緊迫した場面でも主人公とその3歳の子どもの間が抜けた会話やら、主人公の「ワタシがんばる」的独白が続いてうんざりする。
☆2 面白さがわからなかった

何かこの感じ、記憶にあるなと思ったら3年ほど前に別の小説を読んでいた。それは昆虫パニックホラーだった(^^; 緊迫感のなさがこの人の作風なんだろう。B級っぽさがすごい。

ではまた

 

雷雨

まだ梅雨は明けないらしいが連日暑くなっている。今年の6月は観測史上最も暑かったとニュースになっていた。

昨日今日と雷雨。特に今日は激しくて、近くでドカドカ落ちたと思う。幸いわが家は無事だったし停電もなかった。
去ったと思うとまた始まる、何度も繰り返すしつこさで、土砂災害警報が出るほどだった。時折雹も混じる大粒の雨だった。去年のような激しい雹になるかと心配したが、混じる程度でよかった。

今日から7月……。

ではまた

 

峠は霧

県境を越えて母の施設に行ってきた。
県境の碓氷峠はこのところ常に霧がかかっている。出る時はこちらは降っていなくて、向こう側はすこし降っていた。帰りは逆だったかな。結構な霧なので慣れない人は驚くと思う。私も運転は怖いな……。
母は何と手押し車を押して歩いており! 驚いた。退院後、夜眠れない状態が続いていて心配したが、この頃はよく寝ているそうで一安心。少しは食べることもできている様子、前回よりも血色などよくなっていた。
ほっとして買い物して帰ってきて、午後すこし仕事場で作業の続き。予定の倍くらい時間がかかったものがやっと出来た。

今日は最後の最後の縫製部分に三巻ラッパという治具を使った。これはたまに使う。服の裾の三つ折りの部分、大抵はアイロンで三つ折りして縫うのだけど、生地が薄い&距離が長い&丈が短めでできるだけ丈を保ちたい、などの条件が揃ったらラッパを使う。距離が長いが一番の理由かな。これはそんなに失敗しない。セッティングがちょっと難しい。

そんなこんな。ではまた