通院

5週間ぶりに町の病院に。10時半の予約で15分前には受付を通ったが、呼ばれたのは11時15分頃(^^; やっぱり病院は待つ。
待ってる時にゲームでもやるかと起ち上げたら爆音が鳴り響いてしまいびっくりした。いやびっくりしたのは周囲の人かも。数秒で消すことに成功したのでよかった、「すみませんすみませんすみません」と周囲の人に謝った(^^; 家では音が鳴ったことがなくて。wifiだと鳴らないとかあるのかな。
若い頃なら、多分スマホはしまうかも、恥ずかしくて。でも今日は「音消えたしいっか」とゲームやって、3日くらいできなかったやつができた!
私がやるゲームは、動物を揃えるのとか、バス停に色別のバスを次々と送り込んで乗客を捌くやつ、です。
私は小心で、嘘だと思われるでしょうが生真面目なところがある。だいぶ緩んではきている、もっと緩めてもいいのかと思っているところです。

ドクターが薬を多めに出してくれて、次の予約は3カ月後にしましょうということで。途中で眠剤はなくなるけど、それは「薬だけ」で処方箋が出してもらえるとのこと。今の私は薬が出ればそれでいい状態なので、ありがたい(もちろん再診料は払うと思う)。ほんとはリフィル処方箋というのが出るシステムならもっといいらしいけど、眠剤はこれには当てはまらないそうなのでどっちみちダメね。

薬局に行き、ホームセンターでちょこちょこ買い物をし、佐川の営業所で楽天の電波発生装置を返送した。それから小諸に足を延ばしてオット氏念願の! 台湾料理店という名の中華料理屋に行き、最後に図書館に寄って帰宅した。中華屋では中国語を話す70代か80代前半くらいの女性が家族を連れて来ていた。年齢的に満州に関わりがあるのではないかと思う。こういう人が気安く行ける、言葉が通じる店があってよかったなと思った。日本人経営の中華屋では中国語は通じないから。
梅さんは今朝出かける時には私のベッドで布団にくるまって寝ていたが、さすがに戻った時にはねこ部屋にいた。

図書館では昨夜ノーベル賞の発表があったハン・ガン氏の本が1冊だけあったので借りてみた。

考えてみると、私は(在日ではない)韓国人が書いた本を読むのは初めてだ。韓国が舞台になる本を読んだ記憶もない。ドラマも見ない。韓国には行ったことがない。最も近い国なのに、私にとって韓国は、はるか遠い国であり続けた。
その理由を考えてみると、「恨」という言葉に尽きる。若い頃、おそらくは小学生とか中学生の頃、韓国人の国民性は「恨」(ハン)であると何かで読んだ。その恨は当然日本に向けられたものだ。この国の人々は未来永劫日本を恨み憎み許さないそれが国是だと。そんな国に行きたくなるわけがない。故に私は韓国を渡航先として考えたことが一度もない。

大いなる誤解なのだろうと思う。しかしうんと年若い時に刷り込まれたものはなかなかにしぶとい。それに私は辛い物が苦手なので……。

中国も、現在は反日という面では同じだ。いや私は本当の韓国を知らないから、韓国の方がずっとマシなのかもしれない。まったくわからない見当もつかない。
50年前40年前の中国はそうではなかったと思う(反日という概念が出てきたのはてんあんもんの後ではないか、あるいは概念としてまた行動としてあったかもしれないが生き延びることに必死でそれどころではなかった)。私自身も子どもの時から中国に関する本をよく読んでいた。なぜだか出会いがあった。大河「黄河」が、「こうが」であり「ホワンホー」であると同時に知っていた。不思議と中国には親しみを感じていた。日本の社会全体がそうであったのだろうか。
先日泊めてもらった友人の家で、パールバックの『大地』が本棚にあり、これを読むイメージが友人夫婦になかったので意外に思うと同時に懐かしかった。小学生中学生の頃に大好きで何度も読んだ。自宅の書棚にもまだ残っていてほっとした。

中国もそうだが、世界はこれからどうなっていくのだろう。悪い方へ悪い方へと進んでいるように見えて仕方がない。

明日はドジャース対パドレス! 多分見ない!
ではまた

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