無駄なこと

朝からパターンの修正と、それを両身にする作業。
通常、型紙というものは片身で作る(はず)。裁断の時は体の中心線で布を折っておいて、そこに型紙を置いて切る。2枚重ねた状態で切るわけ。私は不器用なのでその状態で鋏で切るのは無理、ロータリーカッターで切る。
この作業、必ず布を折ることが必要で、それが手間かなと思い、両身の型紙を作ってみた。これなら布を広げた状態でそこに置くわけで、うっかり汚れやら傷やらがあるのを見逃すことも減る。
それはいいけれど、切らなきゃならないラインも2倍になる。
うーーーーーーん。
1着分はそれで断ってみたが、2着目は片身に戻してしまった。また無駄なことをやってしまったある……(^^;

国産の目地の狂いやら汚れや傷などもない生地を、たとえば3枚くらい重ねて一気に裁断したい場合、両身の型紙は便利かなと思う。アジアの布の場合はそもそも目地は歪んでるわ汚れてるわ傷あるわ滅茶苦茶な場合が多く、とても重ねて一気に裁断なんてことは無理。

そんなんで調子が狂ったけど、その後はバリバリと縫製。
新しいミシンもだいぶ感覚的に慣れてきたというか、ああこういうもんなのかとわかってきた。ちょっと困ってるというかどうしたもんかと思っているのが、針板とすべり板(ここを常に縫っている服がうごめきまわっている)が、すべらないってこと。前のはピカピカのステンレスです、って感じで滑りがよかったと思うけど、今のは曇ったステンレスでいまひとつ滑らんのね。こまけぇカーブを縫わなきゃいけないことがしょっちゅうなんだけど、その時に滑らないのが困る。これも慣れるかどうか、慣れるしかないけど。

総裁選は岸田氏で決まり。河野氏優勢かと思っていたが、昨夜だったか、岸田=高市が組むってニュースが出て、何だもう決まりじゃんと思ったな。だからどうということではないが。期待もないし悪態もない。

 『絲的メイソウ』   絲山秋子

2009年に刊行されたエッセイ集。エッセイ集と侮るなかれ、絲山秋子だから面白い。まぁエッセイなんで何がどうってことはないんだけど、一つ驚いたのが、私はこの人群馬の生まれだと思い込んでいたのだが、実は東京生まれだったってこと。そして自分の1年上だと思ってたが逆で1年下だったってこと。子供の頃に世田谷のボロ市でりんご飴を買った話がちらっと出てきたのでほんと驚いた。私も行ったことある、世田谷ボロ市(^^; 変な場所だった記憶がある、駅の近くじゃなくてバスで行くような……。

そしてさらに驚いたのは、アマゾンで本の画像を探して自分のフォルダに保存したんだけど、2021年9月のフォルダに、新しいミシンの画像しか入ってなかったってこと。まったく写真の一枚も撮らずに9月を過ごしてしまった。子猫ロスも極まれり(違 けっこう忙しかったってことで。あと今年はほんとに畑にぜんぜん気が行かないんだなぁ。こんなこともあるんだなと。

9月も明日で終わり。また四半期決算ですな。ではまた

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