藍の水やり

水曜に植えつけた苗。
昨日は一日曇天で気温もさほど上がらず。
昨夜から今朝にかけて小雨が降り、今日は午前中割としっかり降った時間帯もあったので大丈夫と思ってました。
知人にメールで確かめたら
「たいして降ってないよ」
とのこと。

ガーーーーーーン!

で、行ってきました。確かにたいして降った形跡はなく、天気って山一つとかでこんなに違うのねとあらためて。

畑には水道とかないので、畑の横を流れている沢というか農業用水というか、そういうものからバケツで汲んで、それをジョロに移して、水やりです。800株ですからね。いやちょっと増えて、えぇと、840株。なぜかというと、知人が適当に
「こっからここくらいの感じで使ってね~」
と言ってくれた長さに苗を植えていったら、1本で105株が植えられて、そうやって植えていったら当然最後の畝は中途半端で終わったので、今日まだ残ってたのを持って行って畝を8本にしたというわけ。そしたら840になったわけ。
まだ筋肉痛でロボットみたいに動いてるので、夫が手伝ってくれて助かりました。ていうか、手伝ってもらわないとできなかったです、はい。

我が家の畑や店の前などにも着々と藍は植え付けられていまして、明日ちゃんと数を数えようと思います。

 

オバマさんが広島に行ったんですね、ニュースをよく見てないけど、まぁ行っただけでも歴史的なことでしたね。
広島と長崎に原爆を落とされたこと、そもそもその前に日本はアメリカと戦争をしていたこと、そんなことを知らない人たちが増えてきている中、意味のあることだったと言えるかと。

初めて旅に出た23歳の5月。旅の終わりの上海の浦江飯店のドミトリーで、知らない白人の姉ちゃんに声をかけられた。
「あんた何人?」
「日本人」
「ふーん、Never forget pearl harver!」
そいつはそう吐き捨てるとさっさと自分のベッドに戻って行き、あっけにとられた私は何も言い返せなかったのを思い出しました。「広島と長崎を忘れない」と言ってやればよかったけど、まぁそれを言ったらケンカになってたよね・・・。

もうじき30年になる旅の記憶の中で、そんな風に私に因縁をつけてきたアメリカ人は後にも先にもあいつだけで、どの国の人とでも戦争の話題になることなどありませんでした。ドイツ人と会った時は、お互い名乗りあった後で、
「今度はお互いうまくやろうな、だけどイタリアは抜きだぜ」
と冗談を言って笑うのがお約束でしたけどね。

アメリカの大統領が行く所には必ず核のボタンが入ったかばんがついていくのだとか。
核のボタンを持った大統領が核廃絶を訴える。
それが現実。

明日は晴れそうです。ではまた

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