とうとう、ラサが北京と結ばれてしまった・・・

本日、青蔵鉄路が営業運転を開始。当分の間、北京~ラサ間は毎日運行。成都・重慶なんかからは隔日運行。北京~ラサは48時間、地獄の硬座で389元だそうです。
ラサはとっくの昔に空港ができて、北京とも成都とも最近では昆明とももっと他にもいろいろな街と結ばれていましたが、鉄路となるとなんせ乗客の数が違いますよね。今までの空路にプラスして、鉄路でも人が流入する。観光客ならまだしも、政治屋、公安関係者、人民解放軍、武装警察、そして移民・・・・・・。
2000年11月に、チベット自治区を訪れた時点で、すでにチベットは完全に乗っ取られた状況に思えました。小さな町に立ち寄って宿に泊まっても、メインストリートはほとんど漢族の店で埋められていました。話をすると、ほとんどが四川省や甘粛省からの移住者でした。ちょっとした「チベッタン・ドリーム」みたいな感じで、移住政策が進められているのでしょう。
1991年、1992年と訪れた時点では、エリアが違うので一概には言えませんが、まだまだチベット族も幅を利かせていました。漢族がチベット族に遠慮して、小さくなっている状況もよく見ました。
2000年には、もうそんな状況はまったくなかった。チベット族が押しやられて、押し込められて、町は漢族のものになってた。
その状況に拍車がかかるわけです。というか、あれからもう5年半、すでに十分拍車がかかった上に、さらに止めの列車が通る。
この列車に乗ってみたいとは、今はとても思わないなぁ。ラサ自体に、自分は再び行きたいとは思いません。せめて91年にラサを訪れることができたことを、喜ぼうと思います。
それでもこの列車に乗ってみたいと思う方も多いでしょう。止めません(笑)。ただし! かなりしんどいはず。私もこのルートを陸路で行きましたが、最初の峠を越えて4500m台に上がった直後、数時間分の記憶がありません。たぶん意識を失っていたんだと思います。気がついて最初の記憶は、隣にいたチベット人の若い女の子が、水のペットボトルを渡してくれて「飲め、飲め」と身振りで言っていたこと。かなり過酷です。事前に心肺機能のチェックは必要かも。
さて。
心配していたトマトですが、今日の午後見たら1株の上半分がぐにゃりと萎れていました。周りは元気なので、こりゃ完全にいかんと思い、さっそく処分。根元のほうから切ったら、真ん中が空洞になっててしかも茶色く変色してました。虫が入った可能性もありかと。ただし、その前に病気にもなってたと思いますが。
ほかの株も、不安要素を抱えています。先端のくるくる病も広がりつつあります。トマトはまじでむずかしいですねぇ。
今日は店の展示替えや、最後の値札付けなどをしていて、予定していたはずのニンジン・キュウリの種まきをすっかり忘れました。明日は雨の予報。蒔けるでしょうか・・・。では。

2件のコメント

  1. チラとTVニュースで見たところによると、気圧調整装置も備え付けられているようです。ま尤も、それは極一部ででしょうけど。むしろそんなんが付いていた方が後々怖いかも(笑)
    それにしても、発展する中国経済と13億という市場、更には9.11以後的状況の中で、チベット問題は完全に世界から見殺しにされてしまった感がありますね。例のパンチェン・ラマ問題といい、近い将来、僕達は中国政府公認のダライ・ラマ15世を目にする事に成るのでしょうか…

  2. 新聞には「飛行機仕様」って書いてありました。「環境にもことさら配慮し」ってことで、そっか、窓が開かないから乗客がありとあるゴミを撒き散らすこともなく、ドアも開かないから服務員が掃き集めたゴミを外にぶん投げることもないのか、と思いましたが、はて、硬座も飛行機仕様なのかな??? こんなローレベルの人民は高山病になってもかまわんけん! って、普通の車両が連結されてたりして。
    「世界から見殺しにされるチベット問題」、同感です。こうして着々と、チベットはチベットでなくなっていく。もはや亡命チベット人でさえ帰国を望まない場所に・・・。

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